50title For you(可憐な王子/ルイ・リノル)

君らしい優しさが

 晴れた青空が眩しい日だった。
 真っ白なドレスに身を包み、溢れる人々に祝福されて、私はこの男の「花嫁」になった。公式的にはアヴィランテ帝国の皇子でるヴィルハザードと、ハウゼンランド王国のリノルアース姫の結婚である。皇子の婿入りと同時に、皇子を保護していたバウアー家が公爵家となり、皇子はバウアー家を継ぐという形で落ち着いた。王妃の生家であるバウアー家をそのままこの代で潰すわけにもいかなかった。


「リノル」
 ようやく最近になって様がつかなくなった。何度間違えて様をつけてはリノルアースに殴られたか知れない。
「どうしたの」
「冷えてきましたから、中に入りましょう?」
 そう言いながらルイは持ってきたストールをリノルアースの肩へかける。
「あなた、そういうところは無自覚なのかしら」
「なにが、ですか?」
 首を傾げている夫に、リノルアースはため息を吐き出した。
 この優しさは、夫としての行動というよりも騎士の頃の染み着いた癖のような気がする。肩にかかるストールのぬくもりに、じれったいような苛立たしいような、それでいてやはり嬉しいような、複雑な気分にリノルアースは口をつぐんだ。
 どうぞ、と差し出された手は。
 足下気をつけて、という注意は。
 それは夫として? それとも騎士の名残? どちらとも言えなくてリノルアースは釈然としない。
 腰掛けようとすれば、さりげなく椅子をひく。それもエスコートだと言われればそうかもしれない。
 しかし。
「今、紅茶を持ってきますね」
 悲しきかな、やはり身に染み着いて習性になってしまっているらしい。リノルアースはこめかみを押さえながら「ルイ」と夫を呼んだ。
「座りなさい」
 向かいの椅子を指させば、夫は首を傾げながら腰掛ける。
「あなたね、いつまで騎士でいるつもりなの。お茶の準備は使用人に任せなさいよ、あなたがやることじゃないでしょうが!」
 だんっ、とテーブルを拳で叩きながらリノルアースが怒鳴る。
「まぁ、そうですけど。けどリノルの好みをこの屋敷の使用人はまだ知らないでしょう?」
 生まれ育った王城とは違う。ここにいる使用人はまだリノルアースの好みを熟知できていないのだ。
「だからあなたがやるっていうの? それは本末転倒でしょう」
「俺がずっと一緒にいるんだから、使用人に覚えさせなくてもいいと思いますけどね」
 さらりととんでもないことを言ったあとに、ルイははらはらと様子を見ていた使用人に「お茶の用意を」と命じた。
「俺はリノルの騎士のままのつもりはないですよ。これでも夫ですから」
「じゃあなに、前と変わらずに甲斐甲斐しいのは夫としてだって言いたいの?」
「リノルが嫌なら改めますけど、でも優しくしたいと思うのは駄目なんですか?」
 うぐ、とリノルアースが言葉に詰まる。
 この男はなんてタチが悪いんだろう!
「誰も駄目なんて言っていないじゃない」
 悔しげにそう答えることしかできない。負けた気分だわ、と小さく目の前の夫にすら聞こえないほどの小さな声で呟いて、用意された紅茶を飲む。うん、と頷いて「おいしい」とリノルアースは笑った。ルイが怪訝そうな顔をする。
「言っておくけどね、あんたの紅茶は侍女や使用人がいれる紅茶よりずっとまずいから」
 リノルアースの好みは理解しているらしいが、ルイが淹れてみると不思議にその好みとはほど遠い味になっていた。
「え」
 ルイが硬直する。
「え、でも、リノル様はいつも全部飲んでましたよね?」
「妻に様なんてつけてんじゃないわよこの馬鹿」
 一瞬昔の癖が戻った夫を睨みつける。ルイは「すみません」と小さくなった。
「惚れた男の淹れたものを残すほど、私はひどい女じゃないと思うんだけど」
 負けたのが悔しくて、追撃する。案の定ルイは頬を赤く染めて、撃墜された。
 いつだって、主導権は握っておきたいの。



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