50title For you(魔法伯爵/ガル・アイザ)

君に優しくしたいんだ


「アイザ、右耳少し腫れてない?」
 昼に休憩がてら昼食をとっている時だった。隣に座るアイザを見てガルがふと気がついたのだ。
「え? ああ、こっちはまだピアスに慣れてないから」
 ピアスの穴が荒れたのかもしれない、とアイザはそっと光水晶の耳飾りを外した。
「左は平気なの?」
「左耳は、三年くらい前にあけたんだ。だから早々膿むようなことはないよ」
 へぇ、とガルは小さく零す。身近な人でピアスをしているような人はいなかったので、当然ガルは詳しくない。アイザ曰く、傷跡と同じようなものなのだそうだ。それもそうかもしれない、身体の一部に穴が開いているのだから。
「父さんのこのピアスに憧れて、三年前に自分であけたんだ。右もそのときにあけるつもりだったんだけど、父さんに見つかって叱られて」
 くすりとアイザは笑みを零し、荷物から消毒薬を取り出すと慣れた様子で右耳に塗る。そして濃い灰色の髪をかきあげてもう一度ピアスをつけた。
「その時に片割れをもらって、もう一方のこいつは、父さんが死んだときに部屋の机にあったんだ」

 ――アイザへ。
 たったそれだけ書かれたカードを添えて、置いてあった。

 思えばリュースは、自分の死を予感していたのだろう。だからこそ光水晶の中に少しずつ少しずつ己の魔力を込めていった。形見としてアイザがこの耳飾りを身に着けていれば、彼女の身の内の魔力を削るようなことにはならないだろうと。
 けれど、アイザはどうしてもすぐに右耳にそれを飾ることはできなかった。一対の光水晶は、アイザの中で魔法使いの証のようなものである。半人前の自分は、片割れだけで充分だ。
 今もまだ、半人前だけど。
 両耳で揺れる光水晶に、アイザは小さく苦笑した。





 その日は結局、日暮れまでに街にたどり着くことが出来ず、ノルダインへ向かう道すがら初めて野宿になった。
 とはいえガルとアイザは馬車のなかで横になって眠ることができるし、レーリは一晩中火の番をしてくれるらしい。明日は少し手綱を代わろうとガルは思いながら眠りについた。
 しんと静まり返る夜だった。
「……ぅ、さん……」
 だからこそその小さな声はガルの耳にしっかりと届いた。外のレーリには聞こえないであろうというほどの、小さな小さな声だった。
「……アイザ?」
 起きたのだろうか、とガルは身体を起こしてアイザの眠っているほうを見た。夜目の利くガルに明かりは必要ない。こちらに背を向けて横になっていて、アイザの顔は見えなかった。
 寝言かな、と結論づけてまた横になろうとする。

「…………とうさん……」

 今度は、はっきりと聞こえた。
 ガルは音を立てずにアイザの傍に近寄ると、その寝顔を覗きこんだ。閉ざされた目から、ぽろりと涙がこぼれ白い頬を流れ落ちている。
 父親の夢を見ているんだろうか。きっと、昼間に父親の話をしたからだろう。
(そりゃ、泣きたくもなるよな……)
 そっと起こさないように涙を指先で拭いとる。
 ガルには親の記憶がないから、アイザの抱えている悲しみがどんなものなのかはっきりとはわからない。けれど、アイザがどれだけ父を尊敬し愛していたのかは、彼女の言動や行動で充分に理解できる。
 拭い取っても、涙は再びアイザの頬を濡らした。
 気丈な彼女は、あまり泣き顔を見せない。弱味を見せることも厭う。
(泣いていいのに)
 ガルはアイザの隣にそっと横になると、慰めるようにその身体を抱きしめた。ぬくもりが心地いい。やがてアイザも寝言を零すことなく、すーすーと規則正しい寝息をたてはじめた。
 傍にいるから、いつだって泣いていい。涙で濡れたときは拭ってやれる。悲しいときは抱きしめてあげられる。不安なときは、手を握ってやれる。
 ひとりじゃないのだと、彼女はいつになったらわかってくれるんだろうか。



「う、わあああ!?」

 翌日、アイザの驚く声で、ガルは目が覚めた。
「なに? どうした?」
「ど、どうしたじゃない! なんでおまえが隣で寝てるんだ!」
 アイザは顔を真っ赤にしてガルから素早く離れていく。どうしたもこうしたも、昨日は普通に隣で寝たじゃないか、と思ったあとに深夜の出来事を思い出す。
「……ああ、アイザが魘されていたから」
「ほっとけ!!」
「ええー……」
 ガルが不満げに言葉を漏らすと、アイザは文句をかみ殺して馬車から逃げるように出て行った。添い寝くらいなんだというのか。魘されたまま眠っても寝た気にならないだろうに。
 ふわぁ、とあくびをしながら馬車を出ると、レーリが既に朝食の準備をしていた。目があった瞬間、なぜかガルの背筋を嫌な汗が流れる。

「……団長に報告しておきますね?」

 なんだろう、嫌な予感しかしない。


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