50title For you(猫系男子/翠・あきは)
君にもきっとわからない
猫はコタツで丸くなる――なんていうけれど、ええはい、うちの猫も見事にコタツで沈没してます。
数年前まではコタツがなかった我が家も、冷え症なあたしが耐えかねて購入した。コタツはすばらしい。ぬくぬくです。
十一月に入り、さすがに今年もそろそろと一週間ほど前にコタツを出してきたんだけど――夕飯を食べたあと、我が家の猫こと翠くんはコタツに飲み込まれすやすやと眠っている。コタツおそるべし。
朝はしっかり起きるくせに、こういう転寝のときはびっくりするくらいに起きない。おかげで起こすのに一苦労だ。
「みーどーりーくーん」
つんつん、と頬をつついてみても無反応。
平和そうな寝顔は、とってもかわいい――なんて本人に言ったら怒るだろうな。言わない。うん。
長い睫がきれいに影を作っている。無防備な寝顔は、年相応よりもちょっと幼くて、翠くんが肉食だなんて忘れてしまいそうだ。
……はっ、このチャンスに翠くんの髪をもしゃもしゃ撫でまわしても許されるんじゃないか!?
女のあたしが悔しくなるくらいに翠くんの黒髪は艶やかで、でもよくよく見てみるとすごい猫っ毛でやわらかそうなのだ。いつも思いっきり撫でてみたくなるんだけど、そういうとき察しのいい翠くんはそそくさと逃げてしまう。野生の勘か。家猫のくせに。
うずうずと湧き出てきた欲求に逆らえず、あたしは翠くんの髪を撫でてみた。ふわっふわだ。そのくせしなやかですごく気持ちいい。なにこれ癖になる。おかしいな、あたしと同じシャンプーのはずなんだけどな。
肌も綺麗だもんなー。特にお手入れしているような様子はないのに。じーっと眠る翠くんの肌を観察する。白くてもちろん染みもにきびもない。
「むー。ずるいなぁ」
ふにふに、と頬をつつくと、その手を突然掴まれた。
「――なに、してんの。あきは」
うわーお。お目覚めですか。そうだよね、こんだけ散々触られたら置きますよねぇー……。
「おはよう、翠くん。風邪ひくから上で寝たほうがいいよ?」
にっこりと繕ってそう言うと、翠くんはもっと意味ありげに、にーっこりと笑う。
「誘ってくれてるなら喜んでお応えしますけど?」
掴んだままの手を引き寄せて、あたしの指先をぺろりと舐める肉食猫。
うひゃあ、と声をあげて逃げようとしても、容赦ない翠くんは手をしっかりと掴んだまま放してくれない。
「誘ってない! 誘ってませんから!!」
「人の寝込み襲っておいてそれはなくない?」
「襲ってません!」
人聞きの悪い! ちょっとかわいいなぁって愛でてただけじゃん! 額に肉って書かれなかっただけありがたいと思ってほしいよ!
はああぁぁ、と翠くんは大きくため息を零す。
「あきはってさ、全然わかってないよね」
何の話ですか。
翠くんは口の中でもごもごと何かつぶやきながら、結局「まぁいいけどさぁ……」と諦めたようにあたしの手を放した。
「あきは、他の男にもこんな調子じゃないよね?」
「こんな調子ってどんな調子よ。ていうかなんでかわいくもない男の髪を撫でなきゃいけないの」
「かわいいはうれしくない。ほんっとうにうれしくない」
なんでさ。褒めてるし事実なのに。
「まぁ、やってないならいいけどさ……」
ふぅ、と翠くんは疲れたようにため息をまた吐き出した。寝ていて疲れたのかなぁ。あれだよね、コタツで長いこと寝るとなんかだるくなるよね。
するりと立ち上がった翠くんが、ぽつりと漏らす。
「どんだけ我慢すりゃいいんだか……」
卒業までかぁ、と自問自答する翠くん。
――うん。聞こえなかったことにしよう。
お姉さん、狼さんの対処方法はよく知らないんだもの。
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