番外3:酔っぱらいにベッドに連れ込まれたんですけど





 んふふー、と抱き上げているあきはは実に上機嫌だ。ていうか思っていた以上に軽いんだけどあきはちゃんと食ってんの? いやしっかり朝と夜を食べているのは見ているし、昼も俺のと一緒に自分の弁当作っているのも知っているけど。太りにくい体質なのか、それとも女の子だから気を遣っているのか。
「翠くんかわいー」
 かわいいのはどっちだよ、と内心で呟く。すりすりと人の胸に頬を寄せてきちゃって。警戒心のかけらもない。
「かわいいはうれしくない」
「じゃあきれー?」
 嘘でもかっこいいと言ってほしいんだけどなぁ。男として見てないって言いたいわけ? へこむんですけど?
「綺麗もうれしくない。それ男に言うセリフじゃないよ」
 階段を上りながらため息を吐き出す。こっちの身にもなれっての。
 こうしてやわらかい身体を抱き上げるのだって、未だ入ったことのないあきはの部屋に入るのだって、高校生男子としてはかなり刺激強いんですけど。
 心臓破裂しそう、と思いながらあきはの部屋に入る。シンプルだけど女の子らしい内装。部屋の奥にあるベッドに思わずごくりと息を飲み込む。冷静になれ自分。冷静に。関ヶ原の戦いは? 1600年ですね。
「みどりくんは、かっこいいんです、よ」
「っ」
 どうしてこのタイミングでそういうこと言うかな!
 襲われたいのかこの女は!
 ふぅー、と深呼吸をして、あきはをベッドにおろす。が、俺のTシャツを握りしめたままあきはは離す気配がなかった。
「あきは?」
 なぁに、と甘い声が俺の声に応える。
「ちょ、あきは」
 駄々をこねる子どものように俺にますますしがみついてくる。何の苦行だこれは。ふわりと髪から花のような香りがして眩暈がした。
「放してっていうか、離れて」
「やだやだー」
 やだじゃないよマジで。俺もさすがに聖人君子じゃないんですけど!?
 まるで抱き枕のようにぎゅうっと抱きつかれたままベッドに引きずり込まれる。あーあーあー。お経でも唱えていればいいのかこれは。
 抵抗を止めるとあきはは安心しきったようにすやすやと眠っている。家にいるときのあきはは化粧っ気がない。その方が好きだけど、でも出かけるときにおしゃれしているのもかわいいなぁ、と思うからあきはならどっちでもいいんだろうな、俺。
「そのままおいしくいただいちゃってもいいわよー?」
 扉のほうから声がして、びく、と肩が震える。
「わ、和佳子さ、これはちが」
「酔っぱらって前後不覚になってヤられたってねぇ、あきはちゃんも大人なんだしあたしはしーらないっ」
 しーらないっ、じゃなくて! そこは大人なんだから煽るんじゃなくて止めてほしいんですけど。これを引きはがしてほしいんですけど!
「みどりくんはーねこなんですーうちのにゃんこなんですー」
 寝言だろうか、突然あきはがそんなことを言い出す。男として意識されてないかな、とは思ったけど猫はないだろ、いくらなんでも。
「だからーねこはかわいがらにゃきゃいけないんれすー」
「あーもうあきは黙って寝てればいいんじゃないの」
 何か話しているとバカっぽいよ。扉のほうからはくすくすと笑う声が聞こえるし。なんなのこの母娘。
 バカバカしい寝言のおかげか、だいぶ冷静になってくる。くっついてくるあきはの髪を撫でると、猫のように気持ちよさそうにすりすりしてくる。どっちが猫だよ。
「おやすみー」
 面白がっているような声音で、和佳子さんは部屋の電気を消しやがった。ちょ、ちょっと暗闇はさすがにまずいでしょうが!
 ふにふにしている身体とか、視覚が使い物にならないぶん余計に意識する。ああ、もう、俺だって明日学校なんだけど。
「はぁ、しょうがないなぁ」
 とりあえず猫はおとなしく抱き枕になりますよ。



 時計のカチコチという音がやけに響く。
 ふ、と目を覚ましても部屋の中は暗いままだ。緊張で眠れないかと思ったけど寝ていたらしい。俺も図太いな。
 すーすー、という規則正しい寝息がすぐ隣から聞こえる。ていうか息が少しかかるくらいの距離だ。
「あきは」
 名前を呼んでも、あきはは目を覚まさない。
 そっと頬を撫でてみる。すごくなめらかですべすべだ。やわらかい。何で出来てんだろ。
 無防備な姿にちょっとイラッとくることもあって、俺はあきはを抱き寄せる。それでも起きないどころかこっちにすり寄ってくるのってどうなのホント。
 あきはの前髪をかきあげて、現れた額にキスをする。

 これくらいの悪戯は大目に見てもらわないと、割に合わないっつの。


 朝、目覚めたあきはが混乱しているのが手に取るようにわかったので、ほんの少し意地悪しつつ。
 深夜の秘め事は心の奥底に隠した。







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