後日談・おあずけです!





「あーきは」
 うれしそうにあたしの名前を呼ぶ翠くんに応えると、ちゅ、と触れるだけのキスをされる。
 ちょっと、と抗議する間もなく抱きすくめられて、だんだんキスも深くなってきて、いやまってくださいちょっとだからなんでそんなに馴れてるの年下のくせにぃ!
 長い指が、服の布地越しにあたしのおなかを撫でて、その動きに本能的にピンチを悟る。
「ちょ、まって翠くん」
 キスの嵐からどうにか逃れて、荒い呼吸のまま制止する。カットソーの裾から今にも翠くんの手が中に侵入しそうなんですけど。
「うん? シャワー?」
「ちがう!」
 あのね、夜ですけどね、夕飯も食べたあとだし普通ならお風呂入る時間ですね、そうですね。でも翠くんのいうシャワーってそういう意味でしょ!
 いくら一緒に住んでいるとしても、こういうなんとなくの流れでいたすのってどうなんでしょうね!
「お風呂のほうがいい? 一緒に入る?」
「入りません」
 だからどうしてそういう話になる。まぁね、高校生の男の子なんてヤりたい盛りですよね。
 ふぅ、とため息を吐き出してあたしはこめかみを押さえる。頭痛がするわー。
「翠くん、そこに座ってください」
「はい?」
 わりと翠くんは従順です。いい子です。
「あのね、おつきあいしているわけだけど、翠くんとあたしが彼氏彼女になってまだ一ヶ月なの。常識的に考えて、これ以上先に進むにしては早すぎると思うの。一緒に暮らしている以上まぁそういう雰囲気になってしまうのも致し方ないかもしれないけど、そういう流れだけでしてしまうのは問題あると思うわけですよ?」
 お付き合いしておりますけども、同居(ここ重要。ノット同棲)しておりますけども! 節度は大事です。
「はい」
 押せ押せだった翠くんも少しは反省しているのか、心なしかしょんぼりしている。
「しかも翠くんは高校生です。未成年です。あたしは大学生で大人です。そういうところはきちんとしたいと思うわけです」
「はぁ」
 イマイチ納得してないような返事だな、翠くん。お姉さんは怒りますよ?
 あのねぇ、と口を開こうとしたところで、携帯が鳴った。あたしのだ。
「んん? 蒼くん?」
 表示された名前を見て呟くと翠くんが不機嫌そうに「出なくていいよ」と言ったけど無視する。あたしの携帯にかかってきた電話ですから。
「もしもーし?」
『もしもし、あきはちゃん? 翠とつきあうことになったってホント?』
 うんん? 翠くんが言ったのかな? それともうちの母親あたりから漏れたかな?
「うん、そうだけど。蒼くんごめんね、今ちょっと立て込んでおりまして」
 恥ずかしいからまた今度に、と切り上げようとすると、蒼くんが「え」と声を漏らす。
『え、ごめんまさか最中だった?』
 おまえら兄弟はどうしてそう(シモ)下に結びつける!!!!!
 あたしは! 翠くんをお説教しているところだったんですよ!
「違う。断じて違う」
 そもそも最中だったら電話に出ませんよ。どんな変態ですか。
『まぁあいつもそんなに盛ってないでしょ。童貞じゃあるまいし』
「――――へぇ?」
 それは、どういうことですかね。聞きたいなぁ。お姉さんすっごく聞きたいなぁ。
「あきは? 兄貴と何話してんの?」
 翠くんが嫌な気配を察したんだろうか、そっと近寄ってくるけれど、にっこりと拒絶する。
『中三のときにさ、家庭教師に大学生のおねーさんが通っていたんだけど、すっげぇ怪しかったんだよねぇ。まぁこれは証拠ないし何も言えないけど。でも去年だったかな。お袋が彼女と一泊お泊まり小旅行に行ったらしいって聞いたよ? たしか他校のお嬢様っぽい感じの子だったらしくてさぁ』
「ふぅん、そっか。蒼くん貴重な情報ありがとう」
『いいえー。俺の知っている限りは全部あきはちゃんに教えるよ?』
「ふふ、心強いなー」
「兄貴! 何あきはに吹き込んでんの!?」
 あんまり近寄るとあたしが怒るからだろう。翠くんが少し離れたところで騒いでいる。ふふー知らないなー。お姉さん聞こえないなー。
 じゃあまたね、といいながら電話を切る。うん、蒼くんはいいことを教えてくれました。持つべきものは幼なじみな彼氏の兄ですね。
「さて」
 仕切り直しましょう。
 翠くんが心なしか目を泳がせている気がしますが、うん、スルーします。
「つまりは、けじめをつけましょう、ってことですよ翠くん」
「うん、まぁ、それは、はい」
 よい心がけですねー。うんうん。
 すぅ、と深呼吸して、あたしは蒼くんとの電話のあとに心に決めたことを宣言します。

「キス以上のことは、翠くんが高校を卒業するまでしません」

「え!」
 思わず、といった感じに出てきた声に、あたしはにっこりと笑う。翠くんはしまった、と顔をひきつらせた。
「別に平気だよねぇ。あと一年くらい。童貞でもあるまいし」
「……あきは、兄貴に何吹き込まれたの」
「んー。家庭教師のおねーさまとか、お嬢様な彼女との一泊デートとか?」
 言いながら翠くんを見ると、真っ赤であるような真っ青であるような、すごい顔色になっている。
「なんであいつかそれ知ってんだよ!」
「図星ってことだねー」
 まぁ翠くんみたいな子が未経験っていうのも怪しい話だよね。誰もほっとかないって。もやっとするけど、うん、スルーします。
「あきはは?」
 ふてくされたように翠くんがこちらを見ている。振り返りながら、なんの話だったっけ? と首を傾げる。
「和佳子さんから聞いてるんだけど? 高校の時の彼氏も大学入ってからの彼氏もろくでもない感じの男だったって。趣味悪いって」
 うーん、いつのまにそんな話してるのかな? お母さんあたしが知らない間に帰ってきてんの? それともメル友なの?
「キスはしてましたよ」
 やんわりと、オブラートに包んで答える。察しのいい翠くんならわかりますよね?
「ふぅん」
 しかしその情報だけでも不服なのだろうか、翠くんの機嫌は悪くなる。いやいや、今時さ、ある程度つきあっていてキスもしてないとかないでしょ。それ以上のこといたしている君がなぜ怒るのかなぁ。
 ま、大学の先輩のときには一度や二度ヤバそうな時がありましたけどね。まだそういうことしたいと思えなかったのでスルーしたらしつこいこと、しつこいこと。だから二股されたんかな。まぁ別れようと思っていたんですけどね。
「それ以上は?」
「一緒に朝を迎えたのは翠くんだけです」
 酔いつぶれてだけどね! 何もなかったけどね!
「朝を迎えなくてもやることはやれますけど」
「翠くん、わかってて聞いてるでしょ! あーもう、ないですないない。経験ない。清らかな乙女です。処女です」
 女の子に処女って言わせるのもどうかと思いますけど。うん、いいよもう別に。
 きっぱりと断言すると、翠くんも仏頂面をやめて「なら、いいけど」と納得する。なんだよー。自分はやることやってるくせにぃ。
「んー……まぁ、うん、いいよ。不服といえば不服だけど、我慢します。俺もあきは大事だし」
 ……そう、さらりと「大事」なんて言われると照れるんですけど。
 翠くんの腕が伸びてきて、気がつけば抱き込まれている――というのもわりと付き合い始めてから日常で、慣れてきちゃったんですけど。慣れたらまずいかな。いやでも今さっき我慢するって言ったよね!
「翠くん?」
「ん?」
 ちょ、あの、後ろから抱っこされるとですね、あたしが翠くんのお膝に乗っているような状態ですと、どっちが猫だよっていうか声が近い耳にかかるんですよ!

「高校卒業したら、あきはのはじめてもらうから、ね?」

 耳元で囁かれて、腰が砕ける。

「〜〜っ! それまでは! おあずけですから!」

 悲鳴まじりに宣言でするけど、翠くんは肉食動物のようににやりと笑みを浮かべる。
 もう、この子は将来いろんな意味で不安なんですけど!?








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