本日の夕飯はアジフライでございます。
ええ、別に他意はございません。ございませんとも。別にちょっと翠くんにもやっとしたからだとか、そんなことはありませんとも。
ちょうど準備が終わった頃に、翠くんが「ただいま」と帰ってきた。
「くっそあいつらカラオケにまで連れていきやがって」
ああカラオケですか。密室で女の子にぴったりくっつかれていたんでしょうねぇ。二人っきりになったら最後、あの子に食べられちゃうんじゃないの翠くん。あの子あれだよ、確実に肉食だよ。狼だよ。
「おかえり、ごはんちょうどできたとこだよ。食べる?」
「ん」
すっかり餌付けされている翠くんはごはんと聞くとうれしそうな顔をする。ぴーんっとたった尻尾が見えそうなくらいだよ。
しかしお皿にのったアジフライを見た瞬間に明らかにがっかりしたような顔をした。その顔はちょっと失礼だよ翠くん。予想通りだったから別になんとも思わないけど。
「いただきます」
ちょっとしょんぼりしているくせに、翠くんは魚でも残したりしない。あんまり好きじゃないっていうだけで、大嫌いというわけではないらしい。
駅前ですれ違ったことは翠くんが触れてこないのであたしも何も言わない。わざわざ話題にするほどのことでもないし。あそこで声をかけられてもちょっと困ったと思うし。あの女の子なんて絶対冷たい目でこちらを品定めしていたよ。なに? このおばさん。出直してこいよって感じで睨まれたもんなぁ。でもお化粧駆使しているわりにはあんまり美人さんじゃなかったよ。お姉さんは辛口だよ。翠くんの傍にいるおかげでなお際だってしまうよ?
翠くんみたいな天然美人さんの隣に立つ気なら本気でがっつり完璧なメイクをするか、逆にナチュラルメイクで自然体のほうが違和感ない。中途半端な状態だとそれこそ翠くんの引き立て役にしかならないもの。
「ごちそうさまでした」
律儀な翠くんがそう言って食器を片づける。いつもならそのままソファでくつろぎ始めるか、自分の部屋に戻るのだけど。
「なにかな、翠くん」
なぜか翠くんはコーヒー片手にまたあたしの向かいに座る。綺麗な顔がじっとこちらを見つめてきて、とても居心地が悪い。
「あきは、何か怒ってる?」
何かって何さ。心当たりもないくせに探りをいれてきてんですか。百年早いよ。
「別に何も?」
「嘘つけ。あきはは不機嫌なときとか怒っているときにいつも魚料理になるんだ」
ちっ、気づかれていたか。
ささやかな嫌がらせのつもりでやっていたんだけど。ま、そりゃバレるか。
「駅前ですれ違ったとき?」
「べーつーにー」
なんだって蒸し返すかなぁ。どうだっていいじゃないの。
あたしとしては? そりゃまぁなんとなく飼い犬に手を噛まれたようなっていうか飼い猫にひっかかれたような気分とも言えなくもないですけど? 家ではわりとあたしに懐いているくせに外ではシカトかよこんにゃろうとか、まぁ思いますよ。思うでしょ?
「あそこで話しかけたって面倒だっただろ。あいつら絶対茶化すだろうし」
「だから、気にしてないってば」
もう、ごはんがまずくなっちゃうよ。
食べ終わった食器を重ねて片づける。翠くんはじとりとこっちを見ているけど、もうこの話はおしまい! とあたしはソファに向かった。あ、しまったあたしもお茶を用意すりゃよかったな。
「あきは」
翠くんはしつこく、ソファの後ろからあたしの肩にこつん、と頭を預けてくる。どういう体勢か知らないけど、それ空気椅子並にきついんじゃないかなぁ。
「あきは」
低い声があたしの名前を囁く。吐息が首筋にかかって、ちょっと、その、えろいんですけど。くすぐったいし。
あー。ほだされてる。しょうがないなぁ、と思ってしまっているあたりであたしもう翠くんに負けてる。
「なぁに」
ため息を吐き出しながら応えると、翠くんはすりすりと額をあたしの肩にこすりつける。うん、あれだ、これはでっかいにゃんこが甘えてきているだけだ。よしよし、と頭を撫でてやると、翠くんはふふ、と笑みをこぼす。
「あきは」
上機嫌で名前を呼ばれる。
ちゅ、と首筋にやわらかな何かが触れた。あれ。あれれ?
これは猫が甘えているだけ、ですよね?
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