8:お泊りのあとはツンデレ発動





 とまぁ遅くまで女子トークに盛り上がり、あたしは散々、おまえはちょっと鈍いであるとか、もう少し素直になれだとか、本能のまま動いてみろだとかいう助言をいただきました。余計なお世話だ。
 他の二人は着替えも持参なのでこのまま大学に行くらしいけど、急遽参加したあたしはお泊まりセットなんて持ってきてないし、一度帰宅することにした。
 朝六時の電車は空いている。

 今から帰るね。朝ごはんには間に合うかも。

 そろそろ起きているであろう翠くんに一応メールする。翠くんが家を出るのは八時くらいだから、朝ごはんは用意してあげられそう。トーストだけじゃあ高校男子には足りないよね。
 すれ違うサラリーマンはこれから出社かぁ、と思いながら改札を出る。
「あきは」
 まだまばらな人のなかに、グレーのブレザーを見つけた。
「翠くん!」
 なぜここに。もしかしてあれかな、早く学校に行かなきゃいけない用事でもあったかな?
「どうしたの?」
「迎えにきた」
 ――――へ?
 きょとんとしていると、翠くんがあたしの手を握り歩き始める。ぐいぐいとひっぱられるとされるがままだ。その細い腕のどこにこんな力があるのさ。
 しかも空気が重い。話しかけにくいし、翠くんからも話しかけるなというオーラを感じる。怖い怖い。怖いよ翠くん。なんでそんなに怒ってるの。美人さんが怒ると迫力あるんですよ!
 強く握りしめられた手は骨が軋むくらいに強くて痛い。
「み、どりくん」
 せめてすこーし力を緩めてくれませんか。痛いです。これが手でなく腕とかだったら痣ができちゃうよ!
「手、手、痛いんだけど!」
 声を荒げると翠くんの肩がぴくっと揺れた。手を握る力が緩められたけれど、手を放す気はないみたいだ。
「ごめん」
 しょんぼりとした声に文句を返すこともできない。
「……痛い?」
 すり、とつないでいるあたしの手を翠くんの指先が撫でる。心臓がきゅっと締め付けられて背筋がぞくぞくした。
「平気、だよ」
「よかった」
 ふわ、と微笑んで翠くんは玄関を開けた。あれー、いつの間に着いたんだろ。記憶がないですよ?
「すぐごはん作るね」
 動揺を押し隠し、靴を脱ぎながらそう告げて、すぐにキッチンに向かおうとする。けれど背後から腕が巻き付いて、動けない。
「あきは」
 吐息がうなじにかかる。呼吸が止まる。
 くん、と臭いを嗅いでいるようなんですけど。ちょっとちょっとちょっと、なんですか。なんのチェックですか。というか心臓が限界で呼吸困難なので離してください!
「み、翠くん、離して! ごはん準備しなきゃ!」
「ん、もういいよ」
 大丈夫、翠くんはぱっとあたしを解放した。
 はい? はい? なんですかそれは。頭の中がぐちゃぐちゃだけど、とりあえず翠くんから逃げる。なんか次に捕まったら死ねる。
「煙草の臭いはなかったし、女友達のとこっていうのは本当か」
 ぽつりと翠くんが何かを呟いていたけれど、混乱しているあたしの頭にはまったく入ってこなかった。


 家を出る翠くんを見送ったあと、あたしも大学に行くためにシャワーを浴びて着替える。まだ時間に余裕があるなー。どうしよ。
「たっだいまー! 我が家!」
 しまった。早めに大学行っておけばよかった。
「あらあきはちゃん、こんな時間にまだ家にいるの? 大学は? さぼり?」
「三限目から! そろそろ出るよ」
「三限目からならまだ時間あるじゃない。お母様にお茶淹れて?」
 自分で淹れなよ、と文句を言っておくけどこの人が自分で動くわけがない。知ってる。知ってたよ。
 めんどくさいのでティーパックです。はいどうぞ。ついでにあたしも飲むけどね。
「それで、翠くんとはどこまでいった?」
 噴いた。
 とっさに横を向いたから母親の顔面に吹きかけることはなかったけど、噴いたしむせた。苦しい。
「は、な、ば、ど、何行ってんの!」
「え? だって一つ屋根の下で男女がともに暮らしていて何もないわけないじゃない? ちゅーくらいした?」
「してない!」
「え、じゃあぎゅーっていうのは?」
「してな……く、ない? あれ? した? してる?」
 今朝のあれはぎゅーって言えなくもない? いやそもそも今朝以外にもごはんの準備しているときに後ろから抱きついてきたりしていたな。うん。
「あら、やってんじゃないの」
「いや、それはあれでしょ。犬猫が懐いているみたいなもんだよ」
「あんなきれいな猫なら飼いたいわよお母さん」
 なにいってんだよおばさん。その年と財力でそういう発言洒落にならないからやめて。天国のお父さんが泣くから。
「あきはちゃん男の趣味悪いんだもの。翠くんを好きになっちゃえば?」
 翠くんだったらお母さん大賛成、と笑う。人の趣味にケチつけないでよ。確かに元彼たちはあんまりいい男とは言えないけどさ。去年別れた奴も二股かけられていたし。その前はなんだっけ。ああそうだ俺と同じ大学行かないとかありえないとか意味わかんないこと言われたんだっけ。
 ふわぁああ、とお母さんがあくびをする。
「あーねむいー。徹夜だったのよね、お母さん。寝るわー」
 あきはちゃんもちゃーんと学校行きなさいよー、と行って二階の寝室へ行く。言われなくてもそろそろ行きますよ、ちょうどいい時間だしね。
「あ、あきはちゃーん。今日はお母さんお休みなの、夜もいるの。ちゃんとお母さんの文もごはんお願いねー」
「わかってるよ! いってきます!」
 たまには自分で作るって選択肢はないのか母!









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