太陽を喰らって生まれた、獣のような姫だ。
「あなたが私の夫か?」
大きな月を背に、彼女は問う。
――その光景に、言葉も溜息も、何もかもを奪われる。
白、銀。
それは、マトリカリアでは嫌われる、忌み色。
太陽とは相容れない、夜の色。
「ようこそ、国境の街、アルヴィオールへ」
日食の最中に生まれた第二王女は、王都に住まうことを許されず。
争いの堪えぬ国境へと追いやられた。
「あなたは、何かに縛られることも囚われることも、嫌いなようだから」
心を見透かすような、金色の瞳。
囚われた、と気づいたときには遅い。
「俺は、わりと姫が好きですよ」
「……どういう意味だ」
「さて、どういう意味でしょう?」
しぃ、とまるで秘密を共有するように笑みを浮かべる。
引き裂かれたドレスは、拒絶の証か。
それとも?
「お嬢様! アーベント様がいらっしゃらないのです!」
――結婚式は明後日。
「兄は、姫のことを気に入っていたようですけど」
狼の咆哮が聞こえる。
アルヴィオールの森には、かつて森に君臨した白狼がいた。
「向こうは姫がこのアルヴィオールからいなくなることを望んでいるんですよ」
藍色の瞳は、夜空を映し出したかのように、私を見つめる。
するりと、姫は鞘から剣を抜く。
にやりと表現するのが相応しい笑みを浮かべて。
「ここはアルヴィオール。獣の姫の守護する地だ。無事に帰れると思うなよ?」
「誓いの言葉を」
願うのなら、いくらでも誓おう。
夜空に浮かぶ、うつくしいあの月に。
「白狼と月」
COMITIA107発行予定 雪月花収録
雪降るときも、月仰ぐときも、花咲くときも、
どんなときも、
あなたと、ともに。
太陽の国マトリカリアには、王国の月、と呼ばれた姫がいた。