とある妖精の初恋
貴方の作った箱庭で、穏やかに流れる時間を過ごす。なにひとつ不満なんてなかった。なにもかもが満ち足りていた。
透明なガラスケース越しには声も届かない。いいえ、届いたところで、わたしの言葉を貴方が理解することはないし、貴方の言葉をわたしは理解できない。わたしと貴方は別の生き物だから。
それでも、分厚い手袋越しにわたしを撫でる貴方のやさしい手が好き。ガラス越しに微笑む貴方の目が好き。貴方を貴方たらしめるものを、あいしていた。
ねぇ、知っているかしら。
わたしが怖い人に捕らわれて、貴方と出会うより何年も前に、わたしと貴方が出会っていたこと。
わたしの故郷の森で、はじめて会ったの。
それまでわたしは、人間はなんて奇妙な顔をしているんだろうって思っていたわ。貴方があのとき、その奇妙なかぶり物を脱ぐ瞬間まで。
そのときの眼差しを覚えてる。息が止まるような衝動を覚えてる。一目惚れと一言で片付けてしまうことなどできない。
――貴方はわたしの運命だった。
だからね、あのときわたしをあの怖い人たちから買ってくれた貴方は、まるで王子様みたいに思えたの。
わたしたち妖精を捕まえて、飾り物にする人間がいるということは、捕まってはじめて知った。わたしと同じように売りものにされた妖精は他にもたくさんいた。森にいる頃でも、妖精の仲間のなかに人間に連れて行かれた子がいることは知っていたけれど、戻ってきた子はいない。だからその先に起きることなど、知るはずなかったの。
たとえ飾り物になるんだとしても、貴方にまた出会えた。貴方の手で作られた綺麗な綺麗な、この小さな世界をあいしてた。
言葉が通じるのなら、話したいことがたくさんあるの。聞きたいことが、たくさんあるの。
言葉が届くなら、伝えたいことがたくさんあるの。言いたい言葉がたくさんあるの。
ああ、でも。
まずは、そう。
――貴方の名前を、教えてほしい。
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