1:シンデレラ、夜中に目覚める


 ひどい頭痛で目が覚めた。頭が割られるんじゃないかっていうくらいの頭痛は、アルコールによるものだと経験から知っている。
「……ここどこ」
 外はまだ暗い。淡く照らすルームライトのおかげで壁にかけられた時計を見つけることができた。午前三時。夜明けはまだ遠い時間だ。
 天井を見たときからうすうすとは予感していたけど、ここが見知らぬ部屋であることを確認して、どうやら寝室らしいということは分かる。セミダブルと思われるベッドで寝こけていたわたしの隣には――

「……わぁお、美人……」

 思わずため息と一緒にそんな言葉が出るほどに綺麗な、男のひとが眠っていた。長い睫毛とか、顔だけなら女のひとかとも思えるけれど、ほどよくついた腕だのの筋肉は男のひとだ。服は着ている、タンクトップだけど。

 だがしかし。

「……なんでわたしは男もののTシャツ一枚なのかな」
 ……もしかして、ヤッたのかな? いやいやまさか。こんな美人がわたしに手を出すわけがない。そんなに餓えちゃいないだろう。リアルな話、そんな感覚も残ってない。あるのは激しい頭痛だけだ。
「んー……なによもう、うっさいわねぇ、ひとの枕元でぶつぶつってぇ……」
 不機嫌そうな低い声が聞こえる。ん? 空耳か? と思うくらいに、その口調は、なんていうか。

「オネェ? わたしオネェとヤった!?」

「ヤってないっつーの、このお馬鹿。こっちはねぇ、見ず知らずのアンタがオトモダチに見捨てられて飲み屋ででろんでろんのまま放置されてたから親切に介抱してやったのよ? 感謝こそされてもヤったかどうかの疑いかけられるなんて心外なんですけどぉ?」
 低い声はさらに低くなり、不機嫌さは増した。
「も、もうしわけありません……」
「げーげー吐くし服はゲロまみれだし住所は言えないわでしかたないからウチに連れてきて服引っぺがしてそれ着せてあげたのよ。アンタね、こういうことがあるかもしれないんだからもう少し色気ある下着にしておきなさいよ。まだ二十五歳とかそこらでしょお? ベージュはないわ、ベージュは」
 申し訳なさで小さくなっていたけれど、そんなものどこかに吹き飛んだ。
「うきゃああああ! 何言い出すんですか何見てるんですか!」
「見るくらいなによ、減るもんでもないし」
 減らないけど! 減らないけど! 精神的には何かがごりごり削られてる!
「だいたいさぁ。昨日、合コンだったんでしょー? そこはちゃあんと勝負下着にしときなさいよ」
「……合コンなんて知らなかったんですもん。今日になって突然、同僚に、飲み会だって言われて」
 そもそも合コンなんて誘われた試しがない。つまりは合コンのあとにお持ち帰りされたこともない。飲み会だって普段はほとんど行かないのに、たまにはとゴリ押しされた結果がこれだ。
「はっはーん。アンタ、引き立て役にされたの? やーね、大して美人でもない女が小細工使って」
 佐藤さんも井上さんも、わたしに比べればはるかに美人だと思いますけれども。確かに目の前の美人のあとにはかすんで見えるだろうなぁ。だってこのひと、お化粧してなくてこれだもんね。
「アンタもねぇ、もっとちゃんとすればあんな子たちに馬鹿にされることもないでしょうよ。ちゃんと武装しなさい。顔面偏差値は高けりゃ高いほど世の中有利よ?」
「顔面偏差値て……わたしの顔じゃそんなの無理ですもん。せいぜい地味に平凡に生きていければ」

 ろくに手入れしてない肌も髪も、そんなものに金をかけるほうが無駄だからだ。髪なんて安い美容室でカットとブローだけで充分。それもこまめに切りにいくのが面倒でずっとロングのままだ。社会人の最低限としてメイクはするけど、本当に必要最低限で終わらせてしまう。
「あー! お馬鹿! ただのブスなら三流小娘がほっとくに決まってんじゃないよ! アンタ素地はいいのよ! だから警戒されるの! わかる? ……あ、その顔信じてないわね?」
 じとりとした目で見られたけれども、そんなこと言われても、ねぇ? この顔と生まれてきてからずっと付き合ってきた自分が一番よくわかってますよ?
「どう信じろと……」
 ――というかオネェの声は二日酔いの頭に響いてけっこうきつい。高いってわけじゃないだけど、テンションが高いこともあって体力削られる。
「……いいわよ、起きたら見てなさい。とりあえず寝るわよ。寝不足は美容の敵なんだから」
 そう言いながらもオネェは立ち上がり寝室から出て行く。どこ行くんだろ。寝るんじゃないの? そしてまさかまたこのまま寝るの?

「ほら」
「うひゃ」

 ぼーっと考えていると、頬に冷たいペットボトルをあてられる。ミネラルウォーターだ。すごいな、わたしの家にはペットボトルの水なんて置いてない。水は蛇口から出るものだ。
「飲みなさい。トイレはここでて左の廊下。好きにして」
「どうもご親切に……」
 しかもキャップもあけてある。中身の量からして一口も飲んでないのに。オネェ、すごく紳士だなぁ。
 こくこくと水を飲むと、思っていた以上に喉が渇いていたらしい。三分の一を飲み干して、ほぅ、と一息ついた。
「ほら、飲んだら寝る」
 ぐい、と腕をひかれてベッドに倒れる。ぽんぽん、と母親が子どもにするようなリズムで背中を叩かれて、オネェの母性に思わず睡魔がするするとやってきた。

 すぐそばに感じる身体は、どこからどう見ても男のひとなのに安心するなんて頭がどうかしていたに違いない。






inserted by FC2 system