3:シンデレラ、デートへ行く


 かくして、なぜかわたしのスマホには要さんの連絡先が登録された。しかも帰り際には「アンタ、どうせろくなもの食べてないんでしょー?」とタッパーに詰められたサトイモの煮物と切り干し大根と、さらには試供品でもらったという化粧品が押し付けられる。要さん、ほんとにわたしのおかーさんなんじゃないかな……?
 なんだか不思議な週末だった。金曜の夜から土曜の昼まで、美人なオネェとお知り合いになって一緒に過ごすことになろうとは。世の中不思議なこともあるもんだ。



「灰原さん、金曜は大丈夫だったぁ? ごめんね私たちも酔ってて、気づいたらはぐれてて」
 月曜日、いつもと変わらぬ格好で出勤する。お肌だけは要さんが口を酸っぱくして風呂上りには化粧水と乳液は必須よ! と怒られたのでちょっとだけ調子がいい。化粧ノリが違った。我が肌ながらに現金である。
 井上さんはにこにこと笑顔で金曜の夜のことを謝罪してきた。悪気があるとは思えない笑顔だけど、ここでそれを指摘するほど馬鹿じゃない。
「いえ、お気になさらず。無事に帰りましたから」
 ――土曜の昼に。
「そう? よかったぁ。また今度飲みに行こうね」
 はいはい社交辞令、社交辞令。誰も本当に誘われるなんて思ってないし、もしまた誘ってきたら役目は同じ。
「はい、またぜひ」
 社交辞令には社交辞令で返してにっこりと笑う。女の世界の生き残り方は分かっている――つもりだ。わたしのような平凡な女の場合においては。
 ああ要さんからもらった煮物も切り干し大根も絶品でした。飢えたわたしは既に食べ尽くしてしまっている。タッパー洗って返さないとなぁ、と連絡したらすぐに返事がきた。

 ――じゃ、また今週の土曜にでもいらっしゃい。

 その言葉にほいほい尻尾を振って頷いてしまうあたり、要さんに餌付けされていると言ってもいい。待ち遠しいくらいの土曜日がやってくると、わたしは休日だけど午前中にしっかり起きて家を出た。
 なんと我が家から二駅ほどの要さんの家にお邪魔すると、既に用意されていた美味しそうなランチがわたしを待っていた。そのうえお腹いっぱいに食べ終わると髪をいじられたりネイルされたりと遊ばれる。
「いーじゃない。女の子をかわいくするの、趣味なの」
 ふふん、と楽しそうに要さんがわたしの髪を編み込んでいく。三つ編みすら面倒なわたしには当然身についていない芸当だ。
「……変わった趣味ですね」
「その点千春はやりがいあって楽しいわぁ」
「……褒めてませんね」
 もとから褒められるとは思っておりませんけども。褒められる要素なんてあるとは思っておりませんけれども。
「んー? でもちゃんと化粧水も乳液もつけてるわね。お肌がちょっとよくなってるもの」
 綺麗な指先がわたしの頬を撫でる。そんな仕草に男らしさよりも女らしさを感じてしまうのは、やはりオネェだからなんだろう。
「……だって要さん怒るじゃないですか」
 それもものすごく怖い笑顔で怒る。美人が怒ると怖いものだ。
「それで? 例のオトモダチからお誘いはあった?」
 ――にやり、と要さんは笑う。オトモダチではないですよ、と否定しても無駄だろうし、要さんも本当に友人だなんて思っていないはずだ。
「また今度、とは言われましたけど、実際には誘われてませんよ」
「ふぅん? まぁちょうどいいかしら」
 要さんはわたしの手をとって、器用に淡いピンクのマニキュアを塗っていく。このくらいならまぁ、仕事にもつけていけるかなぁ。
「……ちょうどいいって?」
 首を傾げて問うと、要さんはふふん、と意味ありげに笑う。
「とびきりの魔法をかけるのには、準備ってもんが必要なのよ」
「……ほどほどにお願いします?」
 なんかものすごくめんどくさ……いやいやたいへんそうな気がするので、念のため釘を刺しておくけど。
「あらぁ、期待しててくれていいわよ?」
 うん、要さんには効果がないみたいだ。あきらめよう。
「さてこのくらいかしら。千春、出かけるわよ」
「……はい?」
 空耳だろうか、と聞き返すと、要さんは有無を言わさぬ笑顔で告げた。

「だって、オシャレしたなら外に出ないともったいないじゃない」



 と、まぁ抵抗虚しく(抵抗らしい抵抗も無駄だろうとほぼ無抵抗で連れ出されたわけだけど)わたしは超絶美人とお出かけである。美人だけど男――いやいや、オネェである。
「さて、お腹はいっぱいだしカフェに行くにはちょっと早いわね。ウィンドーショッピングでもする?」
 ――どうする? とこちらに選択権を譲ってくれるけど、こちとら枯れた女子ですから? パッとデートコースなんて思いつきませんよ。いやこれデートっていうか女友達と遊びに行く気分のほうが近いんだけど。
「……おまかせします?」
「デートでおまかせなんてしたら最後にはホテルに連れ込まれて美味しく頂かれるわよ」
 美味しく頂けるような大層なもんじゃございませんけれども。それに要さんはホテルでうんにゃらなんてしないじゃん。するならとっくにヤッてんじゃん?
 ……とか言ったら怖いので言わないけど。それはつまりそういう選択肢はダメってことですね。他人任せにするなと。
「え、えーと、じゃあ映画とか?」
「中学生か」
 鋭い突っ込みにうーんうーんと頭を悩ませる。中学生レベルのスペックしかないんですよわたしは。
「んー……じゃあ……」
 普段から引きこもりだし出かける場所なんて、スーパーかコンビニってくらいなんだけどなぁ。仕事帰りに本屋に寄ったりするくらい。服はたまにネットで気に入ったものを買う程度で。
「あ、プラネタリウムは? けっこう近くにありましたよね」
「急にまともなチョイスがきてびっくりするんだけど」
 ふふん、わたしだってやればできるんですよ、と胸を張る。
「あんまり人の多いところは得意じゃないし。それにほら、昼間なのに夜空が見えるって、なんだか魔法使いみたいかなって」
 きょとん、と要さんは目を丸くした。あ、ちょっとクサかったかな。言ってしまってからわたしも恥ずかしくなる。
「……アンタ、それ素でやってんだもんねぇ……悪い男にひっかからなくてよかったわ……」
 はぁ、とため息を零す要さんにこんな干物をどうこうしようって男なんていませんよ、と苦笑する。要さんにかかれば干物も多少食べやすくなるかもしれませんが。
「決定です?」
「ま、いいんじゃない」

 街を歩いていてちらちらとあちこちから視線を感じるのは、やはり隣の超絶美人のせいだろうな。色素の薄い、儚げな印象がありながらもしっかり男の人らしく、けれど中性的で。女のひとだけでなく男のひとも一瞬目を奪われている。
 要さんは服装はごく普通の男性のソレなので、顔につられても全体を見れば性別は一目瞭然だ。話し出したら混乱するかもしれないけど。
「千春、そこ段差」
「へぅ!?」
 要さんを観察していたら、足元がおろそかになった。そんなわたしを見越していたのか、要さんが転びかけたわたしの腕と腰を引き寄せて回避させる。
「期待を裏切らない子ねぇ、アンタは」
「はう……」
 くすくすと笑う美人に、まだ少し慣れなくて目がくらむ。

 結論を言えば、プラネタリウムは正解だったかもしれない。ちょっとくらい薄暗い場所じゃないと要さんが眩しくて直視できないし、何より向かい合うことないので視界が良好だ。キラキラも摂取しすぎるのはよくない。精神的によろしくない。
「千春」
 潜めた声が、わたしの耳元で囁かれる。小さな悲鳴を上げかけて、とっさにわたしは自分の口を塞いだ。 だって今は絶賛プラネタリウム。他のお客さんの迷惑になるし目立つ。嫌だ。
 意地悪なオネェはくすくすと笑って――
「……寝てるのかと思った」
 ――なんて。ちょっと失礼じゃないですかね!





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