可憐な王子の受難の日々

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11:あなたの物語を、ド派手に演出して差し上げますよ



「アドルバードを連れ去ったのはおそらくバーグラス卿だ。あれは私のやり方に不満を持っていたからな。金魚の糞どももたくさんいるときた」
 カルヴァが地図を広げ、バーグラス卿の城を示す。
「ここにいるとは限らない。さっき言ったとおり仲間がいるだろうからな。そうなるとこの広いアルシザスのどこにいるか……」
「回りくどいことは止めたらどうです。陛下」
 レイがいつもに増して低い声で呟く。
「もとよりあなたの作戦だったのではないですか? アドル様を使って、不穏分子を炙り出すために、あなたはアドル様を利用した」
 カルヴァが微笑んで、深く椅子に腰を下ろす。
「あなたとアドル様が親しければ、他の目にはリノルアース姫と国王が恋人のようにも見えたでしょう。あなたはそれを利用して、あえて我々ハウゼンランドの者には危険性を伝えなかった」
「なんのことかな、と誤魔化したほうが利口かね」
「――止めたほうがよろしいですよ、陛下。レイは怒ると誰にも止められません」
 リノルアースが冷静にカルヴァを制す。
 もともと、レイを止められるのはアドルバードだけだ。
「癪ですがあなたの計画に乗りましょう。ここでアルシザスに貸しを作ることは私の主にとっても利益になりますから。アドル様が男とばれない間は安全でしょう。もちろん首謀者に釘を刺していただきますが」
「ばれないでしょ。陛下にばれたって事だって驚きなのに」
「もちろんバーグラス卿には釘を刺しておくし、彼に何かあれば責任は負うとも」
 怖い。
 リノルアースのすぐ側で控えているルイはそう思った。
 部屋の気温が低くなっている。レイが猛烈に怒っているのだ。そしてそれに動じていないリノルアースとカルヴァも怖い。
「本物のリノルアース姫だったらその何かを理由に正式に求婚を申し込むつもりだったのでは?」
「はっはっは。それは上手くいけばの話だとも」
 笑ってない。目と声が明らかに笑ってない。
 ルイはつくづく自分は凡人なのだなぁ、と思い知らされる。ここがハウゼンランドだったら夏でも凍死していただろう。
「それで、どうするつもりなんです」
「明後日、舞踏会を予定していただろう。あれにはバーグラス卿も来る。おそらくその金魚の糞もな。そこで捕らえたはずのリノルアース姫がいたら?」
 ガタッと音をたててレイが立ち上がる。
「駄目です。アドル様に危険が――」
「おそらく確認するだろう。捕らえた方はどうなっているか。そして今日明日で揺さぶる。より効果的になるようにな」
「だからアドル様が――!」
 カルヴァが微笑む。
「君たちにはむしろ感謝しなくては。本物のリノルアース姫よりは計画が楽に進みそうだ。なんていっても捕らわれたのは男だからね、ある程度のことはどうにかできるだろう」
「――レイっ!」
 リノルアースの制止に声が響く。
 レイは腰の剣を抜き、カルヴァに向けていた。切っ先はカルヴァの首を間違いなく狙っていた。
「私に貸しを作るのではなかったかな?」
「ここで排除した方が私の主のためにはなりそうです。アドルバード様は私が見つけ出します。バーグラス卿とやらを拷問にかけてでも」
「国王を殺せば騎士殿はさすがにただではすまないと思うがね。その主も」
 レイの目は本気だった。
 しかしカルヴァは怯えることもなく微笑を浮かべている。
「冗談ばかりおっしゃっていると、ハウゼンランドを敵にしますよ、陛下」
 今まで外野だったリノルアースが微笑みながらそう言う。
「少なくともあなたはハウゼンランドの次期国王である兄の身を危険に曝したわけです。レイの行為もあながち非難されるものではないかもしれませんよ? 廃れたとはいえ剣の誓いをたてた騎士です。主を第一に動くのは当然のことですもの。そんなこと、子供でも知っていることですよ?」
 目が笑っていない。
 十五歳の少女にこんな顔ができるとは思えないが、リノルアースは確かに大人までも圧倒できそうな氷の微笑でカルヴァを見つめていた。
「これほどの強国の国王ならば、もっとましな提案をしてくださいな。あなたの頭は飾りじゃないんでしょう?」
「リ、リノルアース様っ!」
 いくらなんでも国王相手にそんなことを言うのはまずいと、ルイが慌てる。
「何よ、ちゃんとした言葉遣いで話しているでしょ。何も馬鹿ともロクデナシとも阿呆とも言ってないじゃない」
「言ってます! 今まさに言ってます!」
 顔を真っ青にして慌てるルイを見て、リノルアースが楽しげに微笑む。
「今の作戦で十分だよ、リノルアース姫。すでに王の影が動き出している。彼らに探させればすぐにアドルバードも見つかるだろう」
「隠密ですか、アルシザスの」
「そのようなものだ。どこの国にでもあるだろう」
 おそらく、とだけレイは答えた。
 王の判断で、王のためにだけ動く者の存在は知っているが、それをここで他国に教える必要はどこにもない。
「彼らが居場所を見つけ、舞踏会で騎士殿が迎えに行けばいい。それまでは万が一のために見張らせておこう」
「それまで待つ意味が分かりません」
「私に貸しを作った方がハウゼンランドとしては得だと思うがね?」
「――つまり、言うとおりにしろということですか」
 女性とは思えないほど、低い声でレイが呟く。
 レイとカルヴァの間には、静かに、しかし確実に火花が散っていた。
「損は、させないつもりだがね」
 苦笑しながら呟くカルヴァを睨みながら、レイは思案した。
 しかしいつものように頭が冷静に働かない。大丈夫だろうか――と不安になる一方だ。
「……それなりの見返りは期待しています、陛下。レイ、ここは陛下の言うとおりに動く方がいいと思うわ」
「リノル様――っ!」
「今のあなたの下した判断じゃ信用できないわ。冷静になりなさい、レイ。アドルはあれでも一応男なのよ? 自分の身一つくらい守れるわ。よく知らない他国であなたがあれこれ動き回っても無駄なだけよ」
 レイが黙る。
 普段ならばリノルアースに負けるわけがない口論だ。レイならば冷静に、リノルアースを説き伏せることができるはずなのだから。
「舞踏会には兄も招待しているってことにしていただけるかしら? 陛下。見返りとして貴国との同盟を望みます。今ここで確約していただけないのなら、その作戦には乗れませんわ。こちらは国の宝である王子の安全がかかっているんですもの」
「しっかりした姫君だ」
 にっこりとリノルアースは微笑む。
 国力の差からして、アルシザスとハウゼンランドが同盟を組んでも、得するのはハウゼンランドだ。
「そして同盟についてはすべて兄のしたことにしてください。姫の私が政治に口出すのは良いとは言えませんし、兄が王座につくときの糧になりますから」
「――まぁ、良いだろう。美しい王子と姫、そしてその騎士殿のために。美しいものは人類の宝であるし」
 ため息と共に、カルヴァが承諾した。
 リノルアースは美しい微笑みを崩さないまま、立ち上がる。
「あなたの物語を、ド派手に演出して差し上げますよ」
 リノルアースは扉に向かい、ルイが扉を開ける。その後ろをレイがついて行き、一礼して扉を閉める。
「随分と、怒っていらっしゃいますね」
 レイがリノルアースの隣に立ち、囁く。自分はもちろんカルヴァの行為に腹を立てていたし、それを隠そうとも思わなかったが、リノルアースもかなり怒っている。
「当たり前よ。こっちを馬鹿にしやがって。ふんだくれるもんはふんだくってやるわ。ハウゼンランドを利用しようとしたこと、後悔するがいいわ」
 すっかり口調も悪くなり、笑顔も仮面も取り外されている。ルイは女性二人を盗み見ながら、そっとため息を零した。
 ハウゼンランドの女は怖い。
 そして。


 リノルアースも相当なブラコンだ。




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