可憐な王子の受難の日々

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13:見てみぬふりなんてしないで



「レイ、不本意でしょうけどアドルが見つかるまではリノルアース姫の護衛を続けてよ? ルイと入れ替わるわけにはいかないんだから」
「――――わかっています」
 ぽつりと、レイが呟いた。
 リノルアースはため息を吐き、部屋に居る間はほとんどレイには話しかけなかった。
 彼女がいくら大の男相手に一本とる事が出来るほど強い人でも、こういう状況でまで気丈に振舞えとは言えない。彼女は自分を責め続けているはずだ。
「あのぅ、リノル様。つまり俺はこのままの格好を続けなきゃいけないんですか?」
 おずおずと侍女姿のルイが話しかけてくる。空気の読めない男だ、とリノルアースはルイを軽く睨んだ。
「当たり前でしょう。急に騎士が二人に増えたら変じゃないの」
 本当は誤魔化す方法などいくらでもあるのだが、ルイの女装姿は思いのほか面白く、そして遊びがいがあるので続行を決める。
「そ、そんな!」
「いい加減に諦めなさいよ、ルイ。男らしくないわ」
 あからさまなため息を吐き、肩をすくめる。
「この格好自体が男らしさの欠片もないんですけど!?」
「その格好で男らしかったら気持ち悪いわ。そんなんだったら似合わないから着せないわよ」
 筋肉質のごつい男が侍女の服を着ているのを想像しただけで吐き気がする。
 ルイは長身だし、意外とたくましいのだが思っていた以上に似合っていた。
「似合ってるんですか!? この格好が!?」
「もちろん。とぉっても可愛くてよ。ルイちゃん」
 にっこりと笑いながらリノルアースがそう答えると、ルイはなにやらよく分からない表情を浮かべた。
 泣き出しそうな、嬉しそうな、それで顔が真っ赤だ。
「――あまり、弟をからかわないで下さいますか。リノル様」
 ため息と共にレイがやっと言葉を発した。自分の中でやっと整理がついたんだろうか、とリノルアースが少し安堵する。
「だって面白いんだもの」
「ルイはあなたの騎士であって玩具ではありませんよ」
 そう諭すレイを見上げながら、リノルアースが微笑む。
「懐かしいわ、それ昔もよく言われたわよね? ルイと会ったばかりの頃」
「それはつまりリノル様が八年前からあまり成長されていないということですね」
 さらりとレイが切り返した。
 レイは双子の兄妹と生まれた時からの付き合いだが、ルイは八歳の頃に初めて二人と出会った。
 レイは、王妃の騎士であり、国王から特別に剣聖という称号を与えられたディーク・バウアーの一人娘で、その父の才能を色濃く受け継いでいた。
 幼い彼女に与えられた役割は王の子供の遊び相手でもあり、小さな護衛でもあり、世話役でもあった。破天荒な性格の双子に並みの精神の持ち主では耐えられなかったせいでもあるが、図らずも彼女は幼くしてかなり有力な地位を手に入れてしまったのだ。一年中、何の申請もなく王城に出入りできるということは普通の貴族でも困難だろう。
 対するルイは、正確にはディーク・バウアーの息子ではない。赤子の時に拾われ、養子としてバウアー家に迎え入れられたのだ。もともとは爵位もないバウアー家の、養子ごときではレイのように特別な扱いはされなかった。
 それでも八歳になってようやく正式にレイと同じ立場になったのは、国王夫妻の計らいだったのだろう。
「成長してないなんてひどいわ。それはルイのことじゃないの!」
「ルイは成長してますよ。剣の腕も随分と上がりましたし、立場を良く理解してます」
 こうしてリノルアースやアドルバードに遠慮なくお説教できる人間はそういない。もしかしたらレイ一人かもしれない。
 リノルアースの顔が突然曇った。
 一瞬だけルイのことを見つめて、すぐにレイに視線を移す。その一瞬の瞳がひどく切なげでルイの心臓は跳ねた。
「――……レイの言う立場ってなんなの? 私達はただの友達ではいけないの? 主従関係しか望めないの? そんなの私もアドルも嫌だわ」
 リノルアースは真剣な表情で、静かに呟く。怒っているのか、沈んでいるのか分からなかった。もしかすると両方なのかもしれない。
 しかしレイの言う立場というものは決して消えるものではないし、消し去ることは不可能だ。リノルアースは王族で、ルイやレイは違う。リノルアース自身も十分に理解しているはずだ。
「――リノル様がそう言って下さるのなら、友人なのでしょう。しかし決して越えてはいけない壁があります。分かっていらっしゃるでしょう」
「分かりたくないわ。そうやってレイは徐々に徐々に距離を置いていくのね。それがどれだけアドルを傷つけているのか分からないの? あの子はあなたに守って欲しいなんて思ってないのに――」
「リノル様のおっしゃることは推測でしかありません」
 レイが静かにそう告げる。
「姉さん、そんな――」
 重い空気の中いたたまれなくて、ルイはつい姉を止めようと口を開く。しかし後の言葉が続かなかった。
「推測なんかじゃないわ。私とアドルはもともとは一つだったんだもの。考えていることくらい分かる」
「リノル様」
 ルイには二人が止められなかった。
 どちらの考えも理解できる分、どちらに味方すればいいのか分からない。
 お願いよ、とリノルアースが懇願した。
 レイはただ黙って自分を見上げてくる小さな姫を見つめた。


「アドルの想いを、見てみぬふりなんてしないで――」




 レイは何も言わない。


 何も言えない。


 お互いの想いなんて、確認したことはない。レイが確かめることでもない。
 どれだけ自分があの人の側にいようと願っても、こんな形以外に方法はなかったのだ。いずれ王となるあの人の、妻になりたいなんて願ってはいけない。
 有力な貴族の娘なり、他国の姫なりを王妃に迎え入れることがハウゼンランドを守る道なのだということは彼自身よく分かっているだろう。
 だから言わない。
 自分の想いは言葉にしない。
 もしもほんの少しでも告げてしまえば、彼はそう遠くない未来で傷つくだろう。
 鈍感な相手だからこそ通用することだった。事実リノルアースにもルイにも――おそらくあの腹黒い国王にも、知られてしまっているのだから。
 守るのが自分の使命だから、彼の想いにも気づかないふりをする。
 ありきたりな姫と騎士の恋ではないのだ。物語のように上手くいくわけがないのだ。
 彼は国王となる人なのだ。




 それでも側にいたいと、願うのは自分だから。
 

 こんなやり方しか思いつかなかったのだ。




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