可憐な王子の受難の日々

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18:やっぱり双子だよなぁ



「今日の主役はやはりハウゼンランドのリノルアース姫でしょうな。なんでもとても可愛らしい姫だとか」
「ええ、微笑む姿は十五歳ながら大輪の薔薇のようであると詩人が詠ったそうじゃありませんか」
「まだ婚約前だというのに、アルシザスを訪問するとは――陛下と何かご関係でもあるのでしょうかねぇ」
「いやいやまさか。年が離れすぎていますよ」
「分かりませんよ。恋は盲目といいますから」





 もうすぐ舞踏会も始めるという頃。北国からやって来た美貌の姫について様々な噂が飛び交っていた。バーグラス卿は今日恥をかくであろう国王を想像すると笑わずにはいられない。
 リノルアースを誘拐し、舞踏会当日まで監禁する予定が、思いのほかのじゃじゃ馬姫で逃げられたと聞いた時には冷や汗もかいたが、その姫がまだ城に到着していないと、買収した門番から聞いた。いくら変装していようとも、あの容姿では一目につく。怪しい人物であればあるほど門番の記憶にも残るというものだ。
 この様子ではリノルアースがどんな理由で舞踏会を欠席するにせよ、周囲からは不満が出るだろう。そこで自分が誘拐されたという噂を口にすれば、一瞬にして外交問題の発生だ。
 どんな小さなことでも、王を貶めるには十分だった。





 部屋で舞踏会用の衣装に着替えたリノルアースは、姿見で自分の全身を一瞥して、満足そうに微笑む。
 側にいるはずのレイはいない。ハウゼンランドの侍女達もうきうきとしてリノルアースにさらに磨きをかける。
「似合うかしら?」
 返ってくる答えを知りつつ、リノルアースは侍女に問いかける。
「もちろん。とってもお似合いですわ」
「――アドルは準備できたかしら」
 城の外に控えている双子の兄を気にかける。一応はあれに計画のすべてがかかっているのだ。
「ご心配には及びませんよ。王子はやるときにはやる人ですから」
「もうそろそろ来る頃よね?」
 アドルバードは正式にアルシザスの招待を受けて、今夜の舞踏会に出席することになっている。夕暮れには城に入るはずだ。
「そうですね、では|アドルバード様《・・・・・・・》、もうそろそろ会場の方に」
 リノルアースは侍女に向かって微笑む。
 紺色の上着。黒いマント。縁は金で飾りつけられた男物の衣装を着て、リノルアースは見事アドルバードとなっていた。南国でこの衣装は少々暑いが、城の中は外よりも涼しいし、何より舞踏会は夜だ。舞踏会が始まるまでの少しの間、暑さに耐えているだけでいい。
 完璧に着飾って、リノルアースは王子にならなければいけない。
「よし、行くか」
 こほん、と一つ咳払いして、リノルアースは立ち上がる。
 いつもより声は低めに、堂々と王子らしく――その点だけはアドルバードよりも上手くできる自信がある。
 リノルアースは重いマントを風に躍らせ、颯爽と歩き出した。






 同時刻。
 まさにアルシザスの城にはアドルバード王子が二人いた。リノルアース姫として誘拐されたアドルバードは、王子として難なく城の中に入り込んだのだ。傍らには黒髪の騎士が一人。
「ハウゼンランドより参りました。アドルバード・ライオニア・アルト・ハウゼンランドです」
 そう挨拶された門番も、アドルバードがまさか誘拐されたリノルアース姫だったなんて思わなかった。きちんと男物の衣装を着たアドルバードはどこからどう見ても男だったのだ。
「やっぱり双子だよなぁ、そっくりだもんなぁ」
 そっくりなのは双子だからではなく同一人物なのだとことに、門番の男は気づかなかった。

 門を通り過ぎたアドルバードはあまりにもあっけなく事が進んでいることに内心つまらないとさえ思った。
「まったく、どっか抜けてるんじゃないのか。あの門番。もう少しいざこざがあってもいいだろうに」
「止めてくださいよ。いざこざなんてごめんです。上手く計画が進まないとリノル様が不機嫌になるんですから」
 そしてその八つ当たりをされるのは僕なんですよ、とルイが嘆く。
「さてと、じゃあ次の行動に移るとするか?」
 こき、と肩を鳴らして、アドルバードがルイを見る。こういうときの顔は本当に兄妹だな、と思うほどそっくりだ。意地悪く、そして愉快そうに。
「――――はい」
 そしてその計画に乗って、同じように自分も微笑むのだ。どうせ今日はお祭騒ぎになるのだ。少しくらいその雰囲気に酔いしれても文句は言われないだろう。

 




 舞踏会が始まっても、注目の的であるリノルアース姫は登場しなかった。
 兄であるアドルバードもそれなりに人々の視線を集めていたし、その愛らしく、年頃の少年らしい容姿に貴婦人達は騒いでいた。本当はそのアドルバードがリノルアースなのだとは疑いもせずに。
 バーグラス卿は愉快で仕方なかった。アドルバードは人々に、「リノルアースは体調を崩している」と言い訳しているようだった。しかし本当はこの城にいないのだと、彼は確信している。あのリノルアースの美麗な騎士も見当たらない。おそらく彼女を探しているのだろう。けなげな事だ。
「バーグラス卿!」
 楽しい雰囲気を壊すような、そんな声が聞こえる。貴族の仲間の一人だった。慌てるように、小声で叫びながら駆け寄ってくる。
「大変ですぞ。あの、逃げ出した姫を追いかけた者達が帰ってきまして……」
「それで? 姫はどうした?」
 それが……とさらに声を低くして、ひっそりと囁く。
「姫は男だったのですよ。そこいらの男よりもよっぽど腕が立つと。事実切り倒され、今まで身動きがとれなかったそうで」
「まさか」
 あの、可憐で美しい、小さな花のような姫が。
 閉じ込められた塔の中で毅然と振舞っていたものの、その姿は到底男には思えない。国の為にと堂々としていた彼女は、どこからどう見ても誇りある一国の姫だった。
 ちらり、とバーグラス卿はアドルバードを見た。ちょうど彼の側に黒髪の騎士が――格好がリノルアースの騎士と同じなので、おそらく彼専属の騎士なのだろうと予想できる――そっとアドルバードに囁いているところだった。
 す、とアドルバードの声が聞こえる程度に近寄る。
「――失礼、妹の様子を見てまいります」
 にっこりとそう微笑んで、不満げな声を出す貴婦人を宥めた。
「すぐに戻ります。それまでしばしのご辛抱を」
 そう言ってマントの裾を翻し、会場を後にする。その動作は一つの無駄もない、美しいものだった。一国の王子として相応しいだけの姿だ。


 仲間の一つに合図をし、気づかれないようにアドルバード王子の後をつけさせる。
 いないはずの姫のもとに行くというのは口実に違いない。もしかしたら裏で国王と手を組んでいる可能性もある。



 邪魔な存在は、少ないほうがいい。




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