可憐な王子の受難の日々

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21:男としてここは奪い返さないと



 現れたアドルバードとリノルアースの姿に、誰もが目を奪われた。
 赤みがかった艶のある美しい金の髪、ハウゼンランドの雪を思わせる白く透き通った肌、そしてどこまでも深く青い大きな瞳。その完璧ともいえる容姿の人間が、この世に二人もいるのだ。
「なんて可愛らしい……人形のようね」
「ああして二人そろうと宗教画のようだな」
 ほう、と人々がため息を零す。南国のアルシザスにはない、二人の容姿はこの国の人にとって羨むものだ。


 ただ一人、呆然としていたのはあのバーグラス卿だ。
 なぜここに二人存在しているのか、彼には理解できなかった。
 誘拐したリノルアース姫に逃げられこそはしたが、この城に侵入などさせていないはずなのに、と口を開けて双子を見つめる。





 理想の姫の微笑を浮かべながら、リノルアースは目が合うアルシザスの貴族に微笑んだ。
「――ざまぁみろ、ね」
 微笑んだまま、リノルアースは愕然とするバーグラス卿を見て呟いた。
「あの人で間違いないんでしょう? アドル」
 流れ始めたワルツにのって二人ダンスをしながらリノルアースは問いかけた。
 アドルバードは突っ立っている中年の男性を見て、頷く。閉じ込められていた塔で少し顔をあわせただけだが、忘れるはずがない。仕返しする奴リストで現在トップを独走中だ。
「ああ、あのおっさんだ。いっそ清々しいほどに驚いてるなぁ」
「まぁ、あの人にしてみれば天が崩れ落ちるくらいにありえないことなんじゃないのかしら。でもアドル。それだけであの人が引き下がるかしら?」
 くす、と意味ありげにリノルアースは微笑んでアドルバードを見上げた。
「野心家みたいだからな、この後何か起こす気だったんだろ」
「ふふ、それに便乗するのが私達の作戦だもの、起こしてくれなきゃ」
 一曲踊り終えると、二人は壁際へ向かう。
 二人揃うと近寄りがたくなるのか、リノルアース目当ての男性も、アドルバードに媚を売ろうとする女性もやってこない。周りが静かでいい。
「ところでカルヴァは――」
「ああ、そこにいるわ。淑女のエスコートをお願いしてたのよ」
 淑女? とアドルバードが繰り返して呟く。
 遠目に国王であるカルヴァらしき人を見つけ、その隣にいる女性に驚愕した。青いドレスを着た、長身の女性だった。肌は白く、髪は月光のような銀色で――その人を、アドルバードが見間違うはずはなかった。
「レレレレレ、レイっ!?」
 いつも男性の格好をしているレイが、何年ぶりかにドレスを着ていた。髪はかつらだろうか、長く背にかかるほどで、よく見れば何人もの男性が狙っているようだった。
「あんの野郎、人のもんには手を出さないって言ってたくせにっ! あいつの毒牙にかかる前にレイを助けないと!」
 そう意気込んで自分の騎士の下へ駆け寄ろうとするアドルバードの腕をリノルアースがすかさず掴む。
「ちょっとお兄様? レイの綺麗な格好に悩殺されちゃったのは分かるけど、暴走は止めてくれない? ていうか妹の私がそこらへんの男の毒牙にかかったらどうしてくれるのよ」
「おまえなら一人で平気だろ?」
「レイだって平気よ。剣はドレスの下に隠してあるもの、男何人いたってレイなら大丈夫でしょ」
 レイの剣の腕はハウゼンランドでもかなりのものだ。動きにくいドレスを着ていたとしても、そこらにいる男に負けるわけがない。
「でも、ほら、男としてここは奪い返さないと」
「奪われてないから、奪い返さなくていいの。だいたい男としてなんて言うならとっとと婚約でもなんでもしちゃいなさいよね、女々しい」
「お、男に女々しい言うな!」
 顔を真っ赤にして怒るアドルバードに、リノルアースはため息を零す。
「女々しいもんは女々しいのよ。ご褒美は後でちゃーんとあげるから、今は大人しくしてなさい」
「ご褒美って……まさかレイのことだったのか?」
 アドルバードの問いに、リノルアースはけろりとして至極当然のことのように答える。
「そうよ? だってアドルならもらって一番喜ぶのはレイでしょう?」
「物扱いするな。ていうかレイはもらうとか以前に俺のだし」
「物扱いしてるのはどっちよ。誰のおかげであんなに綺麗に着飾ったレイが見れると思ってるの? けっこう渋ったんだから」
 それはそうだ。レイは女らしい格好は嫌いだから。
 アドルバードは遠くにいるレイをちらりと見て、やっぱり綺麗だなぁ、と思う。
「いつもあんな格好してればいいのに。別に普段のレイでも構わないんだけどさ。でもせめて髪くらい……綺麗だったのに」
「アドル。思考がだだ漏れだから黙りなさい」
 リノルアースが頭を押さえながら、アドルバードの脇腹をつついた。
「……そういえばおまえの初恋もレイだって聞いたぞ、ルイから」
「あら、気づいてなかったの」
 さら、と肯定されて、アドルバードはどう切り替えしていいのか迷った。
「だって、小さい頃は男の子だと思ったんだもの。あんなに綺麗な男の子がいるなんて感激しちゃったわ。アドルよりよっぽど王子様みたいだったし。まぁ、そのうち女の子だって分かって玉砕したわけだけど」
 レイとは幼い頃からの付き合いだ。
 アドルバードもリノルアースも、物心ついた頃に彼女と出会い、いわば二人にとって最初の友人だ。
「まぁ、レイは小さい頃から男の格好してたし」
 綺麗な銀の髪は背中を覆うほどに長かったが、それをいつも一つに束ねていた。
「そうね――だからまぁ私としてもアドルの恋を応援してるのよ? レイが将来お姉様になるなんて最高に素敵だわ」
「……どうも」
 にっこりと微笑むリノルアースは実に黒い。狙った獲物は逃がさない猛禽類を思わせる眼光の鋭さに、アドルバードは苦笑いする。
「おまえに惚れられた男は苦労するんだろうなぁ……」
 将来の姉候補に挙がっているレイですらこれほどの勢いで捕らえようとしているのだ、自分の相手となったらリノルアースは今以上に本気を出すのだろう。
「そうでもないわ。まぁ、からかうのが楽しいからついねぇ」
「そうか。まぁならいいけど……って良くない!! いるのか!? 惚れた男が!? どこの馬の骨だこの野郎!」
 今まであまり自分の恋愛に関しては興味を示していないようだったリノルアースの爆弾発言にアドルバードは動揺した。
「静かにしてよ。みっともない」
「静かになんてできるか。どこのどいつだ?」
「やめてよもう……気づかないアドルが馬鹿なのよ」
 レイにはばれてるし、と呟かれ、アドルバードは本気で後でレイに聞いてみようかと考える。そんなことすればリノルアースから鉄拳を食らうことになるだろうが。
 唸りながら妹の恋路を心配する兄馬鹿っぷりを発揮していると、窓ガラスが大きな音をたてて割れた。
 反射的にリノルアースを背に庇う。


 貴婦人達の悲鳴が飛び交う中、散ったガラスを踏みしめながらバーグラス卿が狂ったように
笑っていた。




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