可憐な王子の受難の日々

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28:生殺しかこの野郎



「何しやがったんですか人の姉に」
 ぼんやりと天井を見つめていたアドルバードの視界に、ルイが現れた。
 ああ、リノルの部屋に行ったのか――と頭で理解しながらルイの顔を見る。怒っているような気がしないでもない。
「ちょ――――っと、理性がなくなった」
「殺していいですか」
 かなり低く呟かれた声に一応、抵抗する。
「だって、あれはさぁ……凶悪っていうか。もう無理。あれは無理。我慢とか無理。どんだけ俺オアズケされるわけー」
 無理ーと騒ぐアドルバードを見て、ルイはため息を吐き出す。もしかすれば男として同情の余地はあるかもしれない、と少しだけ考えて怒りを抑える。
「……詳しい話を聴かせてください。拒否権はないですよ?」
「いいけど。レイは」
「リノル様の部屋にいます。何も話してませんよ、姉さんは。あんな顔の姉さん初めて見ました」
「あー可愛いよね、あれ」
 耳や首筋まで真っ赤にしたレイを思い出してアドルバードは思わず本音を零した。
「見てんですか、日ごろから」
「いや、さっき出て行く一瞬に見ただけ。レイがあんな顔しょっちゅうするわけないじゃん」




 かいつまんで状況を説明すると、ルイは複雑な表情を浮かべて唸った。
「気持ちは分かりますよ、こっちのことも少しは考えろって気分にもなりますよ。舐めてんのかと怒りたくなりますよ」
 理解してくれているというよりも、自分の私情を語りだしたルイにアドルバードはとりあえず釘を刺す。
「……リノルに手ぇ出したら殴るぞ」
「じゃあ俺も殴っていいですか」
 そういう理屈になるか。
 それも嫌だと思いながらアドルバードはため息を吐き出した。
「だってさぁ、身長越すまでそういうのナシって何? って感じだろ? 生殺しかこの野郎」
「あー……まぁ、そうですね。姉さんって鋭いのか鈍いのか分かりませんよねぇ。気持ちとしてはちょっとした悪戯のつもりだったんでしょうけどね。その就寝前どうのっていうのは。だってアドル様もですけど、姉さんだってそう長く我慢できませんよ。アドル様が誘拐されている間、かなり機嫌は悪いは国王に剣は向けるわ大変でしたから」
「……そんなことしてたのか、あいつ」
 いくらあのアホな国王とはいえ、剣を向けるなんて。普通なら罰せられるに決まってる。
「癪ですけど、姉さんもアドル様と一緒にいないと駄目なんですよ」
「……本人から言われたことある」
 それを思い出して、アドルバードの顔は自然と赤くなる。
 その様子を見逃さなかったルイは半ば八つ当たりのようにアドルバードを睨みつけた。
「どうせ両思いなんだからいいじゃないですか。こっちはいいように使われてるわりに実るかどうかも分からないんですから」
「あー……まぁ、その、なんだ。望みがないわけじゃないと思うぞ?」
 気休めにもならないかもしれないが、アドルバードが慰めるようにルイの肩を叩く。
「大体どうして強がるんですか。ものすごく怖かったくせに。怯えてたくせに。俺のことなんて気にしないで泣けばいいじゃないですか。なんですか、俺に泣き顔を見せるのはそんなに嫌ですか!」
「落ち着けルイ」
 舞踏会の騒ぎの時の話なのだろう、二人きりにしてやったがあまり意味はなかったのだろうかとアドルバードはため息を吐く。
「リノルは誰にも泣き顔なんて見せないぞ。俺だってもう何年も見てないし。あいつは強がってないと不安みたいだから、仕方ないんだよ」
「だからって、人が殺されたのを見た後くらい、素直に泣けばいいじゃないですか! それは恥じゃないでしょう!」
 普通の姫ならそんな場面には巡り合わず、もっと穏やかに守られているはずだ。リノルアースももともとはそちら側の人だった。
「だから強がりなんだって。あの場で泣くような人間はリノルしかいなかったろ? エネロアさんだってレイだって怖がってもいなかったし。そんな中で自分だけ泣くのはリノルのプライドが許さなかったんだって」
 リノルアースのプライドは空よりも高い。それはルイも充分に理解しているつもりだ。
 でも泣いて欲しかった、というのはいけないのだろうか。
「……気持ちは分かるよ。俺だってレイに弱いところを見せて欲しいと思うし。でもレイもあれだからさぁ」
「……一回くらい理性無視してもいいですか」
 あのレイがあんなに動揺したのだから、リノルアースの意外な一面を見ることができるかもしれない、なんて下心と別に考える。
「リノルの同意ナシには駄目」
「……アドル様だって同意ナシだったくせに」
「あー……まぁ、それはそれ、これはこれ」
 第一、いくら不意をついたとはいえ、レイが本気を出せばもっと早くにアドルバードを突き飛ばすことが出来たはず、と考えてしまうのは思いあがりだろうか。嫌だったのではなくて驚いただけなんて解釈はやはり間違いだろうか。
 問おうにも本人が逃げてしまったので答えは闇に紛れたままだ。






 静かにやって来たレイの顔は、可笑しなくらいに真っ赤だった。
 普通の人ならさほど気にならないほどのことでも、レイだと異常事態だった。
 何があったのかと問いかけても本人は何もないと黙り込んだまま。レイの顔の熱は未だに治まらず、頬を赤く染めている。
 仕方ないのでルイに事情聴取に向かわせ、リノルアースは夜着の上にさらに一枚着込み、侍女には紅茶を頼んだ。寝ようと思ったのにとんだ邪魔……もとい、面白いネタが転がり込んできたものだ。
「――いいかげん白状なさいな。何があったの」
「何も」
 ないわけないでしょう、なんなのあなたのその顔。というやり取りはこれで何度目だろうか。
「どうせ、アドルが何かやらかしたんでしょう。キスでもされた?」
 がしゃん、と音をたててティーカップが落下した。紅茶はさほど入っていなかったので火傷の心配はなさそうだ。
「――図星ね」
 レイがこんなにも分かりやすい反応をするとは思わなかった。
「まぁ、アドルもよく今まで我慢してきたわねぇ。だーいすきな人がいつも側にいるんだもの。時々むらっとくることくらいあるでしょうよ」
「ア、アドル様はまだ十五歳で――」
「恋愛に年齢が関係ある? 女は下手すりゃ十五歳で嫁ぐのよ? 男だっていろいろ気になるお年頃でしょうよ」
 十五歳の少女とは思えないセリフに珍しくレイが戸惑った。恋愛ごとになれば恐らく四人の中でレイが一番未熟かもしれない。
「それなら余計に就寝前は避けた方がいいんじゃ……」
 ぽつりと、レイが零す。
 今回のことで、ああいう状況では上手く身体が動かないということが証明されている。
「……どうでもいいからとっとと部屋に戻りなさい。私もう眠いの。嫌だったならアドルの横っ面を殴りとばしゃいいのよ」
 嫌じゃなかった時の対処法は教えてくれないまま、リノルアースはレイを部屋から放り出した。





 途方にくれたレイが、ルイが戻ってくるまでその場に立ち尽くしていたことは言うまでもない。




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