可憐な王子の受難の日々

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7:私は女好きだからな



 アドルバードが気を失ったのは、そう長い時間ではないようだった。日差しは変わらず強いまま、生暖かい風は頬をかすめていく。
「――目が覚めましたか」
 目を開けるとすぐにレイの顔が見えた。少しほっと安堵したような、そんな顔だ。心配をかけたかな、と少し申し訳なくなる。
「えーと……」
「熱中症ですよ。暑さに慣れてないのもあったんでしょう。倒れられたのは覚えてますか?」
 そうだ、国王と話している最中に眩暈やら吐き気がして、暗転したんだ。
「なんとなく」
「とりあえず、飲んでください」
 そう言いながらレイが冷えたレモン水を差し出す。素直にアドルバードが一口飲むと、喉が潤うのと共に身体が冷え、心地よい。
「――――――それで?」
 突然声が聞こえて、アドルバードは跳ね上がった。気がつけばすぐそこには国王カルヴァが腕を組んで立っていた。
「へ、陛下」
「具合は大丈夫かね、アドルバード王子」
「ええ、もう平気です…………っってぇぇぇ!?」
 ごく自然に自分の本名を言ったので、アドルバードも普通に返事してしまった。
「ばれてしまいました、アドル様」
 レイがいたって冷静にそう説明する。
 いや、言わなくてもそんなこと分かる。
「どういうことなのか説明していただきたい。なぜ王子が姫のふりをして我が国にやって来たのか」
 カルヴァの顔は真剣そのものだ。騙されていたのだから当然だろう。
「な、なんで」
 絶対にばれないって言ったくせに、という意味を込めてレイを見る。
「騎士殿は悪くない。男と女くらい触れば分かる」
「どこ触った!!」
「普通に骨格で分かると言っているのだよ。完全に倒れた時は騎士殿が駆けつけてきたが、その寸前は私が抱きとめたのでね」
 骨格で分かるもんだろうか、と疑問を抱きながらアドルバードはカルヴァを見た。
 視線に気づいたカルヴァは胸を張って言う。
「私は女好きだからな」
「……はぁ」
 妙に納得というか。自信満々にそう言われてしまうと何だか脱力してしまう。
「いや、見た目だけは完璧だがね。すっかり騙されてしまうところだった」
「あんまり嬉しくないんですけど、それ」
 皆褒めているつもりなのだろうか。
 アドルバードが横になっていたのは中庭にある東屋だった。すぐそこには池もあるし、周りの木々が日陰を作っているので思いのほか涼しい。
「――まずは謝罪を。申し訳ありません。国王陛下」
 ばれてしまった以上、説明する他に方法はない。
「過ぎたことだ。あまり気にしてはいない。目の保養になったのは男でも変わりないことであるし」
「そうですか……」
 女装でもいいのか、というつっこみは喉の奥にしまいこんで、アドルバードは暑いかつらを取った。
「改めまして、アドルバード・ライオニア・アルト・ハウゼンランドと申します。この度は妹リノルアースに代わり、アルシザスへと参りました」
 ふむ、とカルヴァが頷く。
「リノルアース姫が訪問しなかったのには訳があるのだろう? アドルバード王子、あまり堅苦しくならなくていい。ここには気にしなければならない周囲の目はないわけだし」
「それもまぁ、そうですね。簡単に言うとですね、リノルのワガママなんです」
 アドルバードの隣でレイが頭を押さえた。
 カルヴァも目を丸くしている。
「――ワガママ?」
「そう、ワガママ。陛下から遠まわしに求婚された、と相談されました。まぁあれが相談というのであればですけど」
「――――アドル様」
 あまりにも砕けた説明を始めた主人を、レイは見かねて止めようとした。
「レイ。回りくどい説明は時間の無駄だろう」
「そうだ、騎士殿。気にしなくて良い」
 カルヴァからもそう言われてしまえば、レイも引き下がるしかない。黙ってアドルバードの隣に控えた。
「確かに遠まわしにだが求婚はしたな。それが迷惑だったというわけかな?」
「それは俺には分かりませんよ。でもまぁ、まだ十五歳で、見知らぬ相手から求婚されて困惑したのは確かだと思います。でも正式なものでもないので国からは断ることはできないし、国に招待までされていたので」
「――少々強引すぎたか」
 カルヴァが苦笑しながら答える。アドルバードを向かい合うようにして座るカルヴァの表情を伺いながら、話を続けた。
「兄の俺が言うのもあれですけど……リノルはちょっと策略家っていうか、使えるものは親だろうがなんだろうがこき使う子で。今回も格好の獲物がいたんですよ」
「それが君か、アドルバード王子」
 こくり、と頷いてアドルバードが続ける。
「双子でそれなりに似てますからね。このとおり女顔だし。両親もリノルにはベタ甘で」
「そうおっしゃるアドル様も立派な兄馬鹿ですが」
 隣に立つレイが補足する。否定できないのが恥ずかしい。
「苦労しているようだな」
 カルヴァにまで憐れむように見つめられ、情けないのやら悲しいのやら分からない、複雑な感情になる。
「今回のことはきちんと断れなかった俺にも非はあります。求婚のお返事はリノルに手紙なりなんなりで答えさせます。本当に申し訳ありません」
 そう言いながら頭を下げるアドルバードに、カルヴァは気にするなと声をかける。
「もとより美少女と噂のリノルアース姫を見てみたかっただけなのだ。求婚の話も半分以上冗談だしな!」
 いや、だからそれ胸張って言うことじゃないし。
 つっこみたいところが山ほどあるが、アドルバードは寛大な心でそれらを飲み込む。
「今回はとりあえず何の問題もなく、予定通りに事を進めようではないか。君は女装を続けて、リノルアース姫として帰国するまで過ごす。目の保養にはなることだし、まぁそれで良いだろう」
「――良いんですか、それで」
「うむ。美しいものは人類の宝だからな!」
 またもカルヴァは胸を張って堂々と言う。
 こういう性格だったのか、と半ば呆れつつ、カルヴァの温情に甘えることにしよう。
「こういう顔で生まれてきたことをこのときほど良かったと思ったことはないよ」
 美少女といっても過言ではないこの顔がコンプレックスだったのだが、今回はそれで救われた。
「それは良かったですね」
 そう答えるレイを、アドルバードは見上げた。
 レイが女だということは、まだカルヴァにばれていないのだろうか……?
 一抹の不安がよぎる。女だと気づいたら速攻で口説き始めるに違いない。レイが口説き落とされるということはないにしろ、それは嫌な光景だ。
 違う作戦を立てなくてはならないのか、とアドルバードはため息を吐き出す。
 なんといっても相手は触ったくらいで性別が分かってしまうほどの女好きなのだ。
 一つの問題は解決されても、アドルバードの心が休まることはなさそうだ。




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