可憐な王子の受難の日々

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8:生物学上は女ですが



 ――どうしてだろう。


 アドルバードは紅茶を飲むふりをしながら考えた。
 どうして自分はこの男と二人きりでお茶をしているのだろうか。いつも側にいるはずのレイも理由をつけて部屋から追い出されてしまった。
「それで、アドルバード王子。気楽に男同士の会話でもしようではないか。侍女も下がらせたから二人きりだ」
「――ある意味で危険な気がするんですけどね」
 襲われるとか襲われるとか襲われるとか。なんていっても相手は綺麗なものならなんでも好きなようだし。
「失敬な。男色の趣味はない!」
「それは一安心ですよ。あなたが思っていたよりも普通で」
「そっちの趣味があるのは君ではないのかね? あの騎士殿に……っ! き、汚いな!」
 飲んでいた紅茶を吹き出してしまった。
 咄嗟に横を向いたので人的な被害はない。吹き出したのも少量だったのが幸いした。 間違っていない。この男は間違っていないのだが、勘違い――否、上手い具合に騙されてくれている。
「俺だってそういう趣味はありません。レイは大切な騎士で、とても信頼している、それだけです」
 ここでレイが女などと知られるわけにはいかない。アドルバードは平然を装いながら再び紅茶を飲む。
「いや、しかし……君が騎士殿に向ける目はなんというかそれだけでは……」
「勝手に解釈しないでください」
「私はそういう趣味はないが、理解はあるぞ?」
「聞いてますか人の話」
 とことんマイペースな野郎だな、おい。
 アドルバードは少し苛立ちながら別の話題を考える。一刻も早くこの話題からこいつの脳を遠ざけたい。
「ふむ。私の気のせいだろうか。結構恋愛に関する勘は鋭い方なのだがね」
「真面目に恋愛をしていないわりにですか」
 冷ややかな目でカルヴァを見ると、心外な、とカルヴァは怒り始めた。
「私でも一応は――まぁ、そのなんだ。そういう相手がだね」
「――いるんですか?」
 アドルバードが心底意外そうに聞き返すと、カルヴァは少し照れているのか顔をそらした。歯の浮くようなセリフを吐くわりに、本気の恋愛の話は恥ずかしいとは変な話だ。
「そういう相手に限っていつもどおりに接することができないとはまた恋の難しいところだと思わないかい? アドルバード王子」
「つまりは好きな相手を口説くのは苦手ってことですね。俺のことはアドルと。面倒でしょ、長いから」
「まぁ、なかなかに長い名前だな。ではアドル、私もカルヴァと。どうせ他に人はいないのだから気にする必要はあるまい」
 話題は上手くそらせたようだとアドルバードが一息つく。
「聞いてくれるか、アドル。どうすればいい? どうすれば振り向かせることができるだろうか。きっと彼女は私のことを嫌悪しているのだ」
「――知りませんよ。少しは落ち着いたらどうですか。顔はまぁいいんだから、誠実そうにしていれば普通は好印象を受けると思いますけど」
 どこの誰に惚れているのかも知らないのにアドバイスを求められても、と迷惑そうにアドルバードは適当なことを言っておく。
「誠実か……まぁそうだろうな。彼女はそういう男がいいんだろうな」
 カルヴァは思いのほか自分の恋愛事となると陰気な性格になるらしい。浮き沈みの激しい人間だ。
 いいかげん相手をしているのも疲れてきて、アドルバードはため息を零す。どうしてこの男の恋愛相談を受けなければならないのか。
「……君は十五歳だというのに良い男だな」
「女装している俺にそう言ってくれますか。ありがとうと言うべきでしょうかね」
 青年とはまだ呼べない自分を『良い男』などと評価した人間は未だかつて一人もいない。まして女装がこれほどまでに似合ってしまうのだからなおさらだろう。
「いや、外見的なことではなくて。中身だ、器の方だ」
「当然です」
 きっぱりとアドルバードが言い切る。
「自分が好きな人に相応しい人間であるように努力していますから」
「いるのかね」
「いないとは言ってません」
「興味深いな、私に相談するといい。安心しなさい、人のものには手を出さない主義だ」
 後半は信用できないとアドルバードがカルヴァをちらりと見る。
「――彼女は俺の為に全てを投げ出してくれました。それに応えなければ男が廃るってものでしょう」
「なんだ、両思いではないか」
 そうだったらどれだけ良いだろうか。アドルバードはまた一つため息を零し、首を横に振った。
「彼女が俺に向けているのは恋愛感情ではないですよ。忠誠とか、忠義とか、信頼とか、そういうものをまとめたものです」
「言い切れるのかね?」
 問われて、言葉に詰まる。
 確かめたことがないのでなんとも言えない。後者があるのは確かだが、前者の有無は聞けるはずがないのだ。
「――ううむ。どうもやはり騎士殿と重なるな」
 思っていたよりも鋭い。
「騎士殿はもしや女性か? よく考えればそう見えなくも……」
 どうする? 真実を伝えるか? それとも隠し通すか? しかし相手は骨格で性別が分かるわけで――。
「私は女ですが、それが何か?」
「うわあぁぁぁ!」
 突然降りかかったレイの静かな声にアドルバードが飛び上がる。
「れ、れ、レイ! いつの間におまえ……!」
「今この瞬間に。侍女が新しい紅茶を運ぼうとしていたので、アドル様が地のままだと困りますから」
「ああああああっ分かった、早く出て行け! ちょっと内密の話を――」
「――女」
 固まっていたカルヴァが呟く。
「ええ。生物学上は女ですが」
「答えなくていい!!」
 叫びながらレイを部屋から追い出す。
 扉を背に立ちながらアドルバードはぜぇはぁと肩で息をする。ほんの一瞬だったのにものすごく疲れた。
「ふふふふふふふ! やはりそうか! アドル! 君はやはり騎士殿に惚――!!」
「馬鹿かおまえはぁ! 聞こえるだろうが! まだ廊下にいるっていうのに!」
 猛スピードでカルヴァの口を塞ぐ。
 まだレイが扉の外の近くにいるはずなのだ、カルヴァの大声ではすぐに気づかれてしまう。
「安心したまえ、人のものには手を出さないと言っただろう? 人の恋路を邪魔するものは豆腐の角に頭をぶつけて死んでしまう」
「……馬に蹴られるじゃなくてか」
「どちらも一緒だ。さぁ吐いてもらおうか! たっぷりと!」
 喜々として輝いているカルヴァの目を見てアドルバードはもう逃げ場がないのだと悟った。
 自分の話は苦手なくせに、人の話を聞くのは大好きらしい。



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