可憐な王子シリーズ番外

逆バレンタイン大作戦

 ある冬の日のことだ。
 凶悪な笑顔を浮かべながら可愛い妹・リノルアースが部屋に突入してきた。その手にはなぜか縄と幅の広い赤いリボンがある。

「リ、リノル? どうしたんだ突然」

 嫌な予感がしてアドルバードは一歩後退った。その分一歩リノルアースが近づいてくる。
「私はね、アドル。あんたのことを考えてやってるのよ? あんたには押しが足りないのよ押しが! 言わば決め手が!! 身長なんてみみっちいもの気にして!!」
「だからなんなんだ突然! その縄をどうするつもりだ!!」
 命の危険とも思えるリノルアースの形相にアドルバードは威嚇するように怒鳴る。
「いーい? アドル。世の中にはバレンタインと呼ばれる日があるのよ。告白する勇気のない人の背中をそっと押してあげようという素晴らしい日なの。去年までは女から男にっていう一方通行だったけど、今年はお菓子会社のさらなる陰謀で『逆チョコ』なるものができたのよー? つまりは男の子がチョコあげて告白してもいいのよー?」
「……な、何の話してるかさっぱりなんですけど」
「ええいっ! うるさいわねこの鈍感が! こんくらいの事情汲み取ってやりなさいよ!」
 リノルアースがぱちん、と指を鳴らす。すると颯爽と――どこに隠れていたのか、ルイが姿を現した。
「やっておしまい」
 ルイに向かって静かに命じるリノルアースの顔は少しも笑っていなかった。
「すみません、アドルバード様……」
「謝るくらいなら初めから手を貸すなー!! ていうか結局なんなんだいったい!!」


 ――かくしてアドルバードは手首を後ろで縛られた上に赤いリボンを身体中巻かれた。





 数時間後、レイの私室。

「――――――なにを、しているんですか。アドル様」

 赤いリボンでぐるぐるにされた上に手首を縛られているアドルバードはレイの部屋に閉じ込められ――鍵の閉まった扉に体当たりを繰り返した挙げ句に疲れ果てて眠っていた。
 ご親切に「present for you」と大きく書かれた紙がアドルバードの身体にそっとのせられている。
「アドル様、起きてください」
 ゆさゆさとアドルバードの身体を揺すって起こそうとするが、まるで起きる気配がない。
 しかたないな、とアドルバードを抱え上げて自分のベットに寝かせる。邪魔そうなリボンや縄はとっくにはずした。

「……こんなことをしでかすのは」

 まぁ、一人しかいないだろう。それにもれなくもう一人付属するのだが。
 レイはため息を吐き、静かに部屋を出る。




「どうなったかしら、あの二人」
 くすくすと笑いながらリノルアースはお茶を飲む。
「いや――……最悪の事態が起きなければ良いんですけどね」
 ルイは心なしか青ざめた表情で静かにつぶやく。  コンコン、とノックされたのはその時だった。
「リノルアース様、失礼します」
「――え、嘘。レイ? ど、どうぞ?」
 どうして今彼女が、とリノルアースは驚いたようだったが、ルイの顔色はますます悪くなった。

 キイィ、と扉が不気味な音をたてて開かれる。

「アドル様にあんないたずらをしたのは、あなた達ですね……?」

 穏やかに微笑んでいるはずのレイの背後は吹雪いているような錯覚を感じさせるほどに寒い。



 それからアドルバードがぐっすりと眠っている中、首謀者二人がじっくりとお説教を受けたのは言うまでもない。


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