「突然で悪いんだけどさ、アドル。俺の代わりに外交してきてくれない?」
爽やかな笑顔を浮かべながら、弟であるリノルアースはさらりと爆弾を投下した。
「――――――はい?」
突然の弟のセリフに、アドルバードは飲みかけのティーカップを落としそうになる。すかさずレイが回収してテーブルの上に避難させた。
「……え、えと、リノル? それってリノルの仕事だよね? ていうか姫である私に外交なんて任せていいわけないよね?」
「やだなぁ。アドルってば。同じ顔なんだからそれを利用しない手はないだろ? 俺のフリして、外交やってきて」
有無を言わせぬリノルアースの言葉に、アドルバードはますます顔色が悪くなる。
「そそそそんなの無理だよ! 同じ顔っていっても男と女だよ!? バレたらどうするの!?」
「バレないよ。大丈夫大丈夫」
あはは、と笑いながらリノルアースはアドルバードの肩をたたく。
「――可愛い弟のお願い聞いてくれないの? お姉ちゃん」
間近に迫る自分に似た顔はまったく笑っていない。
「だって次にリノルが行く予定の国ってあのアルシザスでしょ!? あの女好きでろくな噂がないあの国王の! も、もし、その、お、襲われでもしたら……」
「それも大丈夫。万が一の時はレイがお嫁にもらってくれるから」
ねぇ? とアドルバードの側に控えるレイに問いかける。
「……それは特に異論ありませんが。リノル様。我が姫を危険な場所へ行かせるわけにはいきません」
溜息を吐きだしながらレイがそっとアドルバードをかばう。
「そ、そうですよ! リノル様、いくらなんでもアドル様が可哀想です!」
「ルーイー? 君は誰の味方なのかなぁ?」
控え目にアドルバードを援護したルイを見ながらリノルアースはにっこりと微笑む。
「リ、リノルアース様の味方です……」
ごめんなさい、アドル様、と心の中で呟きながらルイはすごすごと引き下がる。
「よろしい。あんまり生意気な口開くとその口塞ぐよ?」
「ふ、塞ぐって……」
ルイが顔を真っ赤にして問いかけると、リノルアースは意味深な笑みを浮かべる。
「聞きたい?」
「い、いえけっこうですっ!!」
ぶんぶんとものすごい勢いでルイが首を横に振り、リノルアースがつまらなそうに「そう?」と言って引き下がった。
「……リノル様。ルイも騎士とはいえ嫁入り前の女子であることを覚えていてくださいね?」
レイが珍しく微笑みながら念を押す。
リノルアースがその顔に押されて引きつった笑顔で一歩後退った。
「わ、わかってるけど?」
「万が一の時にはそれこそ責任とっていただきますよ? その上で腕一本くらいは覚悟してくださいね?」
「に、兄さん!?」
何を物騒な、とルイが顔を真っ青にする。
「それは問題ないよ、レイ。手ぇ出しといてほったらかしにするような男じゃないから」
あはは、とにこやかにリノルアースが笑いながらそう言うと、ルイは顔を真っ赤にさせる。
「リ、リノル様まで何言ってるんです!?」
「……リノル? あのさ、一応私たち王族なんだからさ、行動は慎んだ方がいいと思うんだよね……」
レイの背中から顔だけだして、アドルバードは控えめに主張する。
「これでも慎んでる方なんだけどなぁ」
「……これでも、ですか?」
レイがぽつりと呟いた瞬間に、部屋の気温が一気に氷点下まで下がった。
「レ、レイ?」
レイの背中に隠れるアドルバードですら、その様子をおずおずと伺う。レイはアドルバードに優しく微笑み、そっと自分の上着をかけた。
「リノルアース様、ルイ。そこに並んで正座しなさい。詳しく問いただす必要があるみたいですね?」
しまった、という顔でリノルアースとルイは硬直する。
「アドル様、どうぞ暖炉の側でお待ちください」
無関係のアドルバードは一人暖炉の側に椅子を置いて、温かい紅茶と共にしばらく待たされる。外交だの他国だのの話はいったいどこへ行ったのだろう。
「に、兄さん、なんで私まで……」
「ルイ。いくら弱小といっても貴族の令嬢でありながら、どういう貞操観念を持ってるんですか。騎士だからといって、淑女の嗜みを忘れていいというわけではないですよ?」
抗議しようとルイが口を開いた瞬間に、レイの背後が猛烈に吹雪く。
「リノルアース様? 話によっては腕一本では済まないかもしれませんよ……?」
冷やかな微笑を浮かべるレイを前に、リノルアースは冷や汗を流して己の失言を呪った。