可憐な王子シリーズ番外
花に想いを託して
「うざいわね、この男」
不機嫌そうに呟き、リノルアースは花の添えられた手紙を迷うことなく蝋燭の火で燃やした。
「……あのさぁ、リノル? さすがにそれはひどいと兄は思うわけなんだが。それ手紙一行も読んでないよな? ていうか開封すらしてないよな?」
双子の妹の行動を見ていたアドルバードは手紙の主を憐れみながら、一応ささやかに意見してみる。
「いいのよ、自意識過剰な男の手紙なんて」
「……読んでないじゃん?」
どうやって自意識過剰だと分かるんだ、とアドルバードは首を傾げる。
「あのねぇ、アドル。一応あんたも年頃なんだからさ? 花言葉の一つや二つ覚えておきなさいよ。恋愛ではよく使う手よ?」
「は、花言葉?」
そういえばそんなものもあったか、とアドルバードはのんびりと思う。本命が一人だけならそんな手管は必要ないのではないか?
「そう。この手紙にくっついてきたのは白い薔薇よねぇ? まぁ花言葉もね、いろいろあるんだけどさ。送り主から考えて、この場合の意味は『私はあなたにふさわしい』になるわけよ」
他にもあるけどね、と言いながらリノルアースはまだ腹が立っているのか、もはや原型の留めていない手紙の燃えカスを手ごろな棒でつつく。
「だからうざいって言ったのよ。この私にふさわしいかどうかは私が決めるわ」
なるほど、とアドルバードが納得する。
「――レイのイメージも、白い薔薇なんだけどなぁ」
ちょうど席をはずしている、自分の騎士であり思い人を思い出して、アドルバードは呟く。『私はあなたにふさわしい』なんて自信満々なことを伝えられる関係ではない。今のところは、まだ。
「間違っちゃいないんじゃない? 白い薔薇には他にも花言葉があるもの。『尊敬』『純潔』『約束を守る』とかね」
「尊敬――」
ああ、それはぴったりだな、とアドルバードは素直に思う。
恋愛感情を抜きにしても、レイに対して浮かぶ思いの上位にそれはある。
「薔薇そのものが『愛』とか『恋』とかっていう花言葉だもの。アドルがレイに贈るにはちょうどいいわね」
そんな妹の助言もあり、アドルバードはそっと立ち上がり部屋から出ていく。
「……それで、なんで俺も一緒なんですか?」
常に花が咲いている温室で、アドルバードは自ら白い薔薇を手折る。無理やり連れてこられたリノルアースの騎士であり、レイの弟であるルイはだるそうに周囲を眺める。
「うるさい。なんとなく恥ずかしくて一人で入れなかったんだよ!」
いつもなら普通に一人でもやってくるのだが――目的が目的だけに、照れる。
早くしてくださいよ、と言いながらルイは薄紅の薔薇に目がとまる。愛らしく、気品溢れる薄紅の薔薇は主であり思い人でもあるリノルアースにぴったりだと――そう思ってしまった。
す、と手を伸ばし、無意識にその薔薇に触れる。
その瞬間だった。
「アドル様!」
銀髪の騎士が少し怒りながら駆け寄って来る。アドルバードの騎士であり、ルイの姉でもあるレイだ。
「リノル様の部屋にいるとおっしゃっていたのに、どうして温室にいるんですか。一言もなくいなくなるのはやめてください。心臓に悪いです」
レイの説教に、アドルバードは目を泳がせながら「あー」とか「うー」と唸っている。
やがて覚悟を決めたように、白い薔薇の花を一輪レイに差し出す。
「――やる」
レイは予想外だったのか、わずかに目を丸くして、アドルバードを見る。アドルバードは照れているのかレイのことを見れずに横を向いている。
「……『私はあなたにふさわしい』ですか?」
くす、とからかうようにレイが呟くと、アドルバードは慌てて否定する。
「ち、ちがっ! そっちじゃなくて!!」
「分かってますよ……ありがとうございます」
慌てた様子のアドルバードを見てくすくすと笑いながらレイが嬉しそうに呟く。
「――花言葉、ですか。なら――……私からもどうぞ」
レイはさっと周囲を見て、まだ綻んでいない蕾の赤い薔薇をアドルバードに手渡す。
「……赤い、薔薇の花言葉?」
「さぁ、どうでしょうね?」
レイは教えるつもりがないらしい。少し意地悪そうに微笑んで、白い薔薇を大事そうに持っている。
甘い二人に随分と見せつけられ、ルイは一人リノルアースの部屋に戻る。
その手にはやはり一輪の薔薇があった。
姉から薄紅の薔薇の花言葉は『上品』『気品』『美しい少女』などであることを教えられ、やはりリノルアースにぴったりだな、と思えばもう手放せなくなっていた。
なので、温室の中でも一際美しく咲いていた一輪を持ち帰ったのだ。
「遅かったわね」
部屋に戻るとリノルアースは紅茶を飲みながら、話しかけてくる。
「ええ、まぁ」
どう答えたものかと口ごもると、あまり興味無いのかリノルアースからの追撃はなかった。
「……リノル様」
たった今手折ってきた薄紅の薔薇を、決死の覚悟で差し出す。
「その、温室で、綺麗だったので」
ああ、もっと上手く言えたらと後悔しながらもルイはもういっぱいいっぱいだった。
「何? お土産?」
リノルアースは何の疑いもなくルイの手から薔薇を受け取る。とりあえず燃やされなかったことに安堵した。うざい男にはならずに済んだようだ。
「ふぅん、ピンクの薔薇ねぇ」
「え、何か変ですか? リノル様にぴったりだなと思ったんですけど」
リノルアースはくすくすと笑いだしながら、ルイを見る。
「別にね、あんたの意図は分かるんだけど――大輪のピンクの薔薇って『赤ちゃんができました』っていう意味もあるのよ?」
リノルアースの言葉にルイは硬直する。
何度も何度も反芻し、そして真っ青になって真っ赤になった。
「う、ええええぇぇぇぇ!? そんなっ! 形でも意味が違うんですか!?」
「違うわよ。薔薇はそれでなくても花言葉が多いんだから。でも、あんたが赤ちゃんできるのは無理よねぇ」
笑いを堪えないのか、リノルアースの声は震えている。
姉も知っていたなら教えてくれればいいだろうに、と責任転嫁しながらルイは穴があるなら入りたくてしかたなかった。
「まぁでも、ありがと、ルイ」
笑いが収まったリノルアースはそう言いながら柔らかく微笑む。
まぁ、こんな笑顔が見れるなら悪くないか、とルイは苦笑する。
「――あ、そういえば、リノル様」
赤い薔薇の花の蕾の花言葉は、なんていうんですか?
大輪でも花言葉があるのなら、蕾でもあるのだろう。レイがアドルバードへ贈った言葉は何だったのだろう、とルイはリノルアースに問う。
リノルアースはああ、と呟いて本を見ることもなく答える。
「――――あなたに尽くします、よ」
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