可憐な王子シリーズ番外

幼き頃の双子と彼女



 ――時々、試すように言葉を求める。
 たぶん心のどこかで不安なのかもしれない。


 あの人の自分に対する愛情が、刷り込みのようなものなのだと、いつでも疑ってしまうから。






 父であるディークが王妃の騎士として仕えていたからだろうか。レイはあの双子の兄妹が生まれた時から知っている。しかし今ではもうその頃の記憶は無きに等しい。
 レイが双子の遊び相手を務めるようになったのは、五歳くらいの頃からだ。その前もちょくちょく相手はしていたが、幼い子供に完全に使命として与えられたのはそのくらいになってからだった。
 家では聞き分けの良い弟が――城では騒がしい弟と妹が。当時のレイの認識はそんなものだった。
 父が城へ向かう時に、レイも同行する。それが当り前だった。弱小貴族の令嬢であるレイには格別の扱いだったが、そんなことに気づく年頃でもない。
 近所に遊びに行くのと同じくらい、王城という存在はレイの中で気軽なものだった。



 国王陛下の子供として三年前に生まれた双子は、人見知りが激しい上に行動が活発で、侍女や乳母達はたいそう手を焼いていた。
 しかし国王夫妻はそれを一大事として認識しておらず、「元気ならいいじゃないか」の一言で片づけてしまう始末。頭を悩ませたディークが遊び役という名目で、レイをつけることにしたのだ。
 城に到着すると、双子と王妃が住まう白百合の宮の前まで父に付き添われる。ディークは宮の前まで見送るとすぐに騎士団へと向かった。
 警備の騎士に挨拶して、レイは慣れたように双子の部屋の前まで歩いていく。
 部屋に近づくにつれ――耳にはひどい喚き声が聞こえた。子供が泣きわめいている声だ。
 そんな声の主はたった二人だ。広い王城の中、幼い子供は少ない。
 はぁ、とため息をこぼして、レイは少し早足で部屋へと向かった。




 案の定、双子の部屋の前まで行くと、扉の向こうからはひどい声が聞こえてきた。
 少し憂鬱な気分になりながら、扉を開ける。騒音はかなりひどかった。侍女や乳母が総動員で可愛らしい双子を宥めている。
「あ、レイ様――」
 侍女の一人がレイに気がついて顔を上げる。その声にぴくりと反応し、双子が涙でぐちゃぐちゃにした顔を上げた。

 青い瞳が二組、確かにレイを捕える。
「「レイ――――――!!」」
 二人が同時に走り出し、二人同時にレイに抱きついてきた。
 その勢いで倒れるほどやわな五歳児ではなかった。これくらいはもはや日常茶飯事なのだ。
 左手でアドルバードを、右手でリノルアースの頭をなでながら、レイは何があったのかと侍女に問う。五歳児の冷静さではない。
「それが、お二人そろってレイ様がいなくなる夢を見たとおっしゃって。朝お目覚めになってからずっと泣いてらしたんです」
 気がつけば双子は寝間着のままだ。この様子では朝食すら食べていないのだろう。
 ぐずぐずと泣きじゃくりながら双子はしっかりとレイの上着を握り締めている。
「アドル様、リノル様。私はここにいますから、着替えて食事をとってください」
 優しい声で、頭を撫でながらそう言うが、双子はいやいやと首を横に振り、ますますしがみついてきた。
 随分懐かれたものだなぁ、と思いながらレイはため息を吐きだす。

「言うことを聞かないと、帰りますよ?」

 びく、と双子は怯え、レイを見上げる。
 大きな瞳には涙がたまっている。見上げてくる顔はさながら小動物のようで可愛らしいが――レイは心を鬼にしてもう一度言う。
「着替えて、食事にしましょう。でないと私は今すぐに帰りますよ?」
 にっこりと微笑みながら宣言するレイを見上げて、双子は手の甲でごしごしと涙を拭い、自ら着替えを始めた。
 その様子を見た侍女たちが慌てて着替えを手伝い始める。
「流石ですねぇ」
 と、侍女や乳母が尊敬するほど見事な手綱さばきだ。

 ――この頃から、レイはレイだった。


   *    *    *


 
「随分と可愛らしい方でしたね」
 アドルバードの為にやってきたどこぞの国のお姫様に挨拶した後、レイはぽつりと呟いた。
 今は見合いのために大陸のあちこちから姫君がハウゼンランドにやって来ている。アドルバードはまるで乗り気ではないが。
「そうか?」
 アドルバードは心底どうでもいいことのように聞き流す。
「ええ、小柄で、愛らしい感じの姫じゃないですか。アドル様よりも身長が低くて」
「厭味か、厭味だな。俺より小さい姫なんてそんなにいないだろっていう厭味だな」
 いえ、そういうつもりはありませんけど、とレイが答える。
 何も年上で、自分より身長の高い女にこだわる必要はないんじゃないですか。時々そう尋ねたくなる。
「いくら可愛い姫でも意味ないよ。俺には好きな人がいるんだし」
 頬を少し赤くしながらアドルバードは言う。赤くなるくらいなら、わざわざ口にすることもないだろうに。
「それは、誰のことですか?」
 意地悪だとわかっていて、問いかける。
 アドルバードは予想通り顔を真っ赤にして、レイを見る。
「おま、それっ! おまえが聞くか!!」
 分かりやすいアドルバードの反応に、レイはくすくすと笑う。


 刷り込みでも、この際かまわない。
 たぶん、刷り込んだ人間の勝ちなのだろうから。







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