君と肩を並べるまで

(7)


 リノルアースが策略を巡らせる中――アドルバードは誰の陰謀か、他国訪問の仕事が入り、近隣の国へと旅立った。護衛にとつけられたのはディークだ。精神的な意味で重苦しいことこの上ない。
「なんですか、殿下。気力がありませんな」
「長いこと補充してないから。……詳しくつっこむなよ」
 つっこまれるとさすがに恥ずかしい。あまりにも会えないから、元気がないなんて――本人の耳にでも入ったら憤死できる。
「そのわりには、あまり愚痴を聞いていない気がしますがね」
「……リノルはもっと長いこと我慢してるのに、俺がぎゃあぎゃあ騒げるかよ」
 ぼそ、と呟くと、ディークは目を細める。
「良い兄君ですな」
「シスコンって言いたいなら言え。遠まわしなのがなんか余計にむかつく」
「厭味で言ったつもりはないんですがね。素直に成長なさって嬉しい限りです。うちの娘はあんなんだし、息子もあんなんですし」
 二人とも少し腹黒いところがあるからな、とアドルバードは言いながらディークを見る。口ではそう言いながらディークがレイとルイを心から愛していることを知っている。あの姉弟が素直と言える性格ではないのは確かだが、ディークとしてはそんなことは問題ではないはずだ。
「リノルアース様もアレですから、素直なのは殿下だけですね」
「……ちょっと複雑な気分になるな、それ」
 素直と言われながら、同時に単純なのだと言われている気がしてくるのは何故だろうか。
「良いことですよ、それでバランスがとれているんでしょうから」
 くすくすと笑いながらディークは言う。褒められているととって良いのだろう――たぶん。
「娘を頼みますよ、アドルバード様。アレは家内が残した忘れ形見なんでね」
 今までアドルバードとレイの関係を茶化してばかりだったディークからは予想も出来ない言葉だった。思わず言葉を失って、ディークを見上げる。身長も随分伸びたというのに、ディークの背を越せる日は遠そうだ。
「……幸せにするって、確約はできないけど」
 ディークの言葉をようやく理解した脳を働かせて、アドルバードは呟く。
「それでも、俺はレイを不幸にはさせたくない。俺が出来る限りのことは何でもしたいって思うよ」
 慎重に選ばれた言葉に、ディークは目を細めた。

「それで、いいんですよ」







 他国の訪問は一週間と少しで終わった。
 最近では王子としての仕事も増えている。外交にも慣れたもので、着実にアドルバードは周囲が認めるほどのハウゼンランドの『後継者』になっている。
「あー……帰ったらすぐに何かパーティがあるんだっけ? めんどくさいなぁ」
 馬車の中でぼやきながら窓の向こうを見る。
 時期的にパーティやら夜会の多いシーズンだ。貴族連中は張り切って社交界に乗り出す。それはもちろん城でも例外ではなく、たまにはこうしてパーティを開くこともあるのだ。
「まぁ、それも殿下の務めですからな」
「分かってるよ……レイみたいなこと言うな」
 会いたくなるだろ、という言葉は飲み込んだ。親子だからだろうか、アドルバードの言葉に対する反応がやっぱり似ている。



 城に戻るとすぐに着替えさせられた。
 パーティが始まるまでもはや秒読み状態で、リノルアースは珍しく青いドレスを着て準備するアドルバードを待っていた。リノルアースが着るドレスはいつも薄紅か、赤か――暖色系の色を好む。もちろん青いドレスでも充分に可愛らしいのだが、どうしたものかとアドルバードは少し心配になった。
 たぶん、本人に聞いても「なんでもないわ。気分よ気分」とさらりとかわされるだけだろう。
 用意されていた臙脂の上下を着て、リノルアースと並ぶ。
 また少し背が伸びたのだろうか。ヒールを履いているはずのリノルアースが随分と小さい。最近節々が痛いのは成長痛のせいだと言われたので、身長は確実に伸びているはずだ。あまり実感はないけれど。
「……ふぅん。牛乳の効果はあったのかしら」
 アドルバードをまじまじと見つめてリノルアースが呟く。
「おまえな。他に何か言葉はないのか。なんでよりによってソレなんだ」
「背の高いアドルってなんか生意気だわ。小さいままでも良かったのに」
 不吉なことを言うなよ、とアドルバードは呟きつつ、華奢な妹の手を取る。
 二人並んで会場まで行くと、それは人々の注目を集めた。特に背の伸びたアドルバードは貴族の令嬢達から熱い視線を浴びることになって、ようやくリノルアースの苦労を知ることになる。なるほど、惚れてもいない相手から熱烈なアピールをもらってもあんまり嬉しくない。
 一曲リノルアースと踊った後で、不機嫌そうな妹を不思議に思って問いただす。
「どうしたんだよ、おまえこういう場では作り笑いを欠かさないくせに」
「どういうイメージなの、それ。……まったく、来いって言ったのに、遅刻かしら」
 後半はアドルバードにはまるで理解できない呟きだった。誰のことだろうと首を傾げるしかない。リノルアースは不機嫌そうにしたまま「まさかすっぽかすつもりかしら」と苛立ちながら呟く。
「おい、いったい何の話――」
 アドルバードがさらに問い詰めようとしたその時だった。
 ざわ、と周囲の空気がざわめく。
 どうしたものかと顔を上げ、周囲の注目を集めている先に目を向けて――息を呑んだ。


 まだ長いとは言えない銀の髪を綺麗に結いあげ、目を奪われるほどに鮮やかな深紅のドレスを着た長身の女性が、少し息を切らした様子でそこにいた。
 ドレスと同じ深紅の髪飾りは銀の髪を温かみある色へと変えていた。白い肌に深紅の色が映えている。情熱的な赤なのに、何故か彼女が身に纏うと朝焼けのような優しさと胸を打つ神々しい印象を持つ。


 ――見間違えるはずがない。
 どんな姿をしていても、どれほどの間会っていなくても。
 自分が、彼女を人混みの中で見つけられないわけがない。


「――――レイ」


 感嘆のため息とともに呟かれた名前は、ひどく懐かしくて甘い響きだった。





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