平凡皇女と意地悪な客人

11:我々には逆らう力がありません

 孤児院の庭では、たくさんの子どもたちが遊びまわっていた。やって来た『お客さん』に興味津々のようだったが、遠くから見ているだけで近寄ってこない。
「お待ちしておりました」
「いえ、急な訪問で申し訳ありません」
 ジュードはにこやかに微笑みながら院長の挨拶に応えた。
 職員は、施設は、と丁寧に説明してくれるが、そんなものは報告書を読めばわかる。妻という名目でついて来たことになっているので、適度に相槌を打って答えているが、パリスメイアは早々に飽きていた。
 ころころ、と転がってきたボールが、パリスメイアの足にぶつかった。
「……あら」
 移動しながらの説明だったので、子どもたちが遊んでいたものがどこからか転がってきたのだろう。
「申し訳ありません!」
 院長は慌てた様子だったが、そんなものはまったく気にせずにパリスメイアはボールを拾い上げる。ぱたぱたとボールを追ってやってきた少女に「はい」と渡した。
「ありがとう!」
「どういたしまして。でも室内でボール遊びは危ないんじゃないかしら?」
 部屋は広いが、それでも子どもたちがボール遊びをできるような広さではない。それに、外では他の子どもたちが遊びまわっていたはずだ。
「あ、でも……」
 しかし子どもは顔を曇らせて口ごもる。パリスメイアは首を傾げて先を促したが、ボールを見つめて黙り込むだけだ。
「女の子はあまり外に出ないように言いつけているんです。ほら、もう行きなさい」
 院長に言われて、少女はぺこりとお辞儀して去った。
「外に出ないように、とは……」
 パリスメイアが問うと、院長は呆れたように答える。いくら役人の妻ということになっていても、まだ年若いパリスメイアを軽んじているのが伝わってくる。こういう目には王宮でも嫌というほどさらされていたので、パリスメイアにはすぐに分かった。
「外に出て遊びまわるなどはしたないにもほどがあります。女は将来家を預かる身ですから、幼い頃から室内で過ごすのに慣れさせています」
 平然と言ってのける院長に、パリスメイアは眉を顰めた。――ここにもこんな馬鹿な男がいるのか、と。
「それはまた、面白い教育ですね」
 ジュードが苦笑しながら棘を込めて告げても、この男は気づいていないらしい。 ……思えば孤児院というわりに、女性の職員が見当たらない。幼い子どもはそれこそ母親代わりが必要だろうに、業務的な男がいるだけだ。それも、数が少なく目が行き届いていない。
 中には子どもたちに交じりながら遊んでいる職員もいる。けれど、そういった者以外はぬくもりも感じない義務的な働きしかしていないのだ。
「……少し、子どもたちの様子を見ていてもよろしいかしら? 難しい話はわかりませんし」
 にこりと微笑みながら、夫に伺いをたてる風を装って首を傾げた。ジュードは目を細めてパリスメイアを見下ろす。おそらく彼にはパリスメイアの意図が伝わっているはずだ。
「……と、妻は言っているのですが、よろしいですか?」
「ええ、もちろん」
 もともと院長はパリスメイアがついてまわっているのが気に食わなかったらしい。典型的な前時代の男だ。女など家の奥で引きこもっていろと思っているんだろう。
「ありがとうございます」
「気をつけて」
 ジュードはやさしく微笑みながら、パリスメイアの腰を引き寄せて額に口づける。ちゅ、とそれは本当に一瞬で、パリスメイア自身何があったのか理解できなかった。
 院長は苦笑しながら「いやはやお熱いですね」と言っていて、ジュードはそれに笑って答えているが、何を話しているか唖然としているパリスメイアには聞こえない。
 パリスメイアはさきほどの少女がいた部屋へ向かいながら、唇を噛み締めていた。

 ――あの男、王宮に戻ったら引っ叩いてやると心に誓いながら。



 少女たち、といってもボールを取りにやってきた子が一番の年長らしく、他の子は十歳にもならぬ子のようだ。少女もまだ十一、二歳だろう。
「こんにちは」
 部屋には一人、男性の職員がいる。女の子たちと一緒に遊んでいるようだった。
「あ、えっと……」
 まだ年若い職員は、パリスメイアの登場に動揺しているようだった。
「夫が院長先生の説明を受けている間、私も交ぜてもらえないかしら?」
 微笑みながらさきほどの少女に問うと、小さな女の子たちがすぐにパリスメイアを囲んだ。
「おねーさんあそぶの?」
「あそんでくれるの?」
「ええ、一緒に遊びましょう? 何をしましょうか? ボール遊びの続き?」
 えっと、えっと、と悩んだ末にとりあえずボール遊びを再開すりことになった。外で遊ぶ時のような激しい動きではない。ぽーんと投げたボールを受け取って、まだ別の子へと投げるだけだ。
 疲れたら女の子らしく人形遊び。合間に子どもたちと何気ない話をしながら、パリスメイアはいろいろと探りを入れた。
「……女の子たちは外へ出ないのですね」
 人形遊びに興じる子たちを見守りながら、職員の男性に話しかける。女の子たちは皆口々に「そとはダメなの」と言った。「男の子たちがいじめられるから」と。院長が禁止していることで、妙なヒエラルキーが生まれている。確かに多少は男の子らしく、女の子らしくと言われることがあったとしても、それによって優劣が生まれるのはおかしい。
「ある程度は太陽の光を浴びないと、健康にも影響を及ぼします」
「……わかっているのですが、我々には逆らう力がありません」
 男性は俯きながら答える。院長は王宮から任命された者で、他の職員は雇われがほとんどだ。逆らえば彼らのクビが簡単にとぶ。
「確認したいのですが、女性の職員はいないのですね?」
「以前はいたようですが、今の院長になってから解雇されたと聞きます」
 はぁ、とパリスメイアはため息を吐き出す。わかっていない。本当にわかっていない。あの小さな女の子たちが成長すればするほど、女性の助けは必要になってくるのに。
「妙な格差をつけたがるんです。男の子たちは外で遊べる、女の子たちは遊べない。洗濯や掃除などの手伝いも女の子たちは必ず手伝わせ、男の子たちはやらなくていいのです」
「……そうですか」
 将来のために家事を学ばせているといえば聞こえはいいかもしれないが、それでは男の子たちは何もできない遊んでいるだけ。ルールもあってないようなもので、そのまま大人になったらと思うとぞっとする。
「……私からきちんと報告いたします。話してくださってよかったわ。貴方のように子どもたちを思う大人がいて、本当によかった」
 これは帰ったら早々にやらなければならないことが山積みだ。苦笑いでパリスメイアが告げると、職員の男性は「お願いいたします」と静かに頭を下げた。


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