平凡皇女と意地悪な客人

17:ああ、嫌だ。どうしよう。





 綺麗な手が、するすると赤い花で輪を編んでいく。まるで魔法みたいだ、と幼いパリスメイアはその指先に見惚れていた。
 出来上がったそれをパリスメイアの頭に飾って、かわいいわ、と微笑んだ。
 それが嬉しくて、あちらこちらの人に見せては似合う? と問いかけた。侍女や衛兵も、皆がとても似合ってますよ、と褒めてくれた。
 ――ねぇ、似合う?
 パリスメイアが首を傾げると、微笑みながら似合うよ、と答える。

 ――赤が似合うね、――……

「……パリス様?」

 ぼんやりとした夢は、パリスメイアを呼ぶ声によって霧散した。ぱちりぱちりと何度か瞬きをして、パリスメイアはああ夢だったのだと理解する。
 母に、花冠を編んでもらっていた頃の夢だ。たぶんパリスメイアは五歳程度の、まだ何も知らない子どもだった頃。
「珍しいこともあるんですね、パリス様が私が来るまで眠っていたなんて」
 いつもならアイラがやってくる少し前には自然と目が覚めるのだ。しかし今日は妙な夢から、なかなか覚めなかった。
「……疲れていたのかしら」
 夢を見るほど熟睡するというのも珍しい。身体が睡眠を求めるほど疲れるようなことはしていないと思うのだが。
「顔色はよいと思いますが……薬湯でもお持ちしましょうか?」
「いえ、大丈夫。元気なくらいよ」
 たっぷり眠ったおかげで頭はすっきりと冴えていた。午前中に終えてしまおうと思っていたことを早々に終えることができたので、パリスメイアは悩んだ末に書庫へ向かう。パリスメイアが自らすすんで行く場所などそれくらいだ。
 王宮にいる間に、一冊でも多くの本を読んでおきたい。後宮に戻ってからではこれほど気軽に読むことはできないから。
 そう思って移動しているところで、彼を見つけたのだ。
「ちょ――貴方、何しているの!」
 彼は、赤い花の咲く王宮の庭に座り込みまた花冠を編んでいた。驚き、慌てて駆け寄る。彼が熱中症になったのはついこの間のことで、その時と比べても彼の体調は万全ではない。
「また熱中症で倒れたいの?」
 学習能力はないのか、とパリスメイアは少し呆れる。頭はいいはずなのに、自分のことはどうでもいいみたいに。
「だからこうして日陰にいるんですよ」
 日陰にいれば大丈夫というわけではないのに。呆れるパリスメイアの首に、冠にするには長くなりすぎたそれをかけた。これは首飾りと言ったほうがいいのだろう。
「……また作っていたの」
「暇だったので」
 暇というよりは、何かを考え込んでいるようだったけれど。そう問うのは意地悪のような気がして、
「昔、よく作ってもらったわ。この花、好きだったの」
「好き、だった?」
 ジュードが首を傾げたのを見て、パリスメイアは苦笑した。母にこの花で花冠を編んでもらっていた頃は――この小さな赤い花が、パリスメイアはいっとう好きだった。
「……知っている? この花、本当はもっと淡い赤なのよ」
「ええ、もちろん知っていますけど」
 どこにでも咲いている野草で、本来はもっと淡い色をしているそうだ。残念なことに、パリスメイアはこの場所に咲くこの色しか、知らないけれど。図鑑などで描かれている色は、同じ花かどうか疑わしくなるくらいに色が違う。
「でも、王宮に咲くこの花はこんなに鮮やかな赤い色をしている。王宮で流れている血を吸ってより赤くなっているんだ……なんて、言われているの」
 足元に広がる赤は、パリスメイアには血のようにしか見えない。鮮やかなその色は、いつだって母の命が消えた日を思い出させる。
「――くだらない」
 低く呟かれた言葉に、パリスメイアの肩はびくりと震えた。この人は、こんなに怖い声を出す人だった?
「花は花で、血は血です。花が血を吸うなんて話も馬鹿馬鹿しい」
 しっかりと腕を掴まれているのに、痛くはない。しかし振りほどくことはできないだろうというくらいの強さで、大きな手はパリスメイアの腕を掴む。
 どうして彼は怒るんだろう。

「俺が似合うといったのは、花の赤です。血色じゃない」

 苛立ちを隠さない言葉に、パリスメイアの目が熱くなる。
 ああ、気づかれていた。
 赤が似合うと彼に言われたあの時、パリスメイアの脳裏には血の色しか浮かばなかった。そうだ。自分に似合うのは血色だと、そう思った。
 存在するだけで争いを生む、帝国唯一の姫。母はパリスメイアを守るようにして死んだ。実際、ジュードだってパリスメイアを守って血を流したではないか。
 自分自身は血を流さないのに、誰かに守られて血に濡れている。
 きっと彼は怒っている。そんな考え方しかできないパリスメイアに。そしてそう思わせてしまった自分の言葉に。
 怒っているのだ。

 じわり、と涙が滲んでくる。
 胸が締め付けられるようで、息もできない。
 触れられている腕は、痛みを感じないほどの強さなのに、しっかりの彼の体温が伝わる。
 こんな捻くれ者で、意地悪で、何を考えているのかちっともわからないような、そんな人なのに。

 ああ、嫌だ。どうしよう。
 目をそらしてもそらしても、パリスメイアの目の前にそれはやってくる。
 気づきたくなくて目をつむっても、頭の中で直接響く。

 私は、この人が好きだ。



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