平凡皇女と意地悪な客人

25:――永遠に

「初日はいささか騒々しいものだったが、今年も無事に建国祭が終わる。皆の働きによるものだ」

 祝杯を掲げ、皇帝が宣言する。
 ――数日間に及んだ建国祭は、今日で終わる。
 ジュードの帰国の話は、周囲に広まる前に立ち消えた。かえらないで、と小さく呟いたパリスメイアの頭を撫でて、ジュードは「もちろん」と一言だけ答えて当然のように滞在を続けている。もとより滞在期間の決まっているものでもなく、彼の心ひとつでいつでも帰れるのだが――彼はまた、アヴィランテの服を着ている。
 それはつまり、今は帰らないという意思表示ととってよいのだろう、とパリスメイアは思うことにした。聞いても答えてくれないだろう。けれど、また同じようなことがあったとしてもパリスメイアが乞えば彼はここにいる。幼いころのように、帰ってしまったりしない。そう確信を持てる。
「新しいアヴィラの始まりとともに、皆に良い知らせがある」
 皇帝の発言に、誰もがなんだとざわめいた。古きアヴィランテが終わりを告げた、それだけでも良い知らせに違いないのに、それを上回るような吉報などパリスメイアには思いつかなかった。

「我が姫パリスメイアと、ネイガスからの客人であるジュード・ロイスタニアの婚約が決まった」

 その宣言のあとの、割れるような歓声の中で、パリスメイアが「えっ」と声を上げた。ちょうど隣にいたジュードも、声を出さないまでも目を丸くしている。
「え、ちょ、父上!?」
 パリスメイアは問い詰めようにも、その声はかき消されてしまう。並んで立っている二人を見て周囲は「ほらあの二人が」と輝かしい目で見つめてきていた。
「……口説き落とせたらって話だったはずなんですけどねぇ」
 ぽつり、と小さく呟くジュードの声はパリスメイアには届かない。突然のことにパリスメイアは目を白黒させていた。ジュードはため息を零して訂正もしないし、皇帝陛下はにっこりと満足げに微笑むばかりだった。


「ど、どういうことですか父上!」
 祝杯のあとで、皇帝は控えの間に下がった。発表のあとで誰もが歓喜に沸いている中、パリスメイアはジュードを引っ張って皇帝を追いかけ、三人だけの部屋の中で容赦なく問い詰めはじめた。
「どういうこととは?」
「婚約って、あれは反逆者を炙り出すためだけのフリって話じゃ――」
「誰もそんなこと言っていないだろう? パリスメイア」
 にっこりと、皇帝は有無を言わさぬ様子で告げる。事実確認はしっかりした上で話を呑むべきだね、とさらに小言まで言われる。ジュードが「そうですねぇ」と肯定してしまうものだから、パリスメイアも言い返せなかった。
 確かに、はっきりと婚約するフリだけだなんて言ってはいなかったけれど。
「で、でもだからってどうして」
「使える駒は手放したくないし、彼の頭の中の隠し通路の知識も無視するわけにはいかないんだよねぇ」
 国家機密だし、と皇帝は言っていることとは裏腹に呑気そうだった。
 そして極めつけに――

「嫌ってわけでもなさそうだしね」

 今度こそパリスメイアは返す言葉を失った。





 人のいる場所に行くと、誰もが「おめでとうございます」と嬉しそうに祝いの言葉を言ってくるので居たたまれず、ジュードとパリスメイアはあの庭に来ていた。足元に咲く赤い花を、パリスメイアは今は綺麗だと思える。
 ジュードの長い指が、器用に花冠を作っていく。ジュードはちらりとパリスメイアの手元を見て苦笑した。
「……相変わらず、不器用ですね」
 その隣でパリスメイアも見よう見まねで花冠を作ろうとしてみたのだが――挫折しそうだ。ジュードも呆れたようにパリスメイアの冠にもならない物体を見下ろす。
「……お、覚えればどうにか作れるようになるわ」
「いいんじゃないですか、覚えなくても」
 覚えるまでに花がなくなりそうですし、とジュードの嫌味にパリスメイアはむっとする。
「貴方、よかったの? 婚約なんて勝手に決められて」
 こんな不器用な女と、と小さく零すとジュードは笑った。
「いいんじゃないですか。どうせ早いか遅いかの話でしょ」
 なんてことないことのように、ジュードが答えるのでパリスメイアも「え?」と顔を上げた。そのパリスメイアの頭に、ふわりと花冠が飾られる。だって、とジュードは優しく微笑んだ。

「俺のことが好きでしょう? パリスメイア」

 ――卑怯ではないか。
 自分は一言も、何も言っていないのに、先にパリスメイアに言わせようとするなんて。
「……貴方の趣味って変わっているのね。こんな平凡な私を選ぶなんて」
 こうして隣に並んでも、ジュードのほうが綺麗だと思う。パリスメイアの細い身体は女性らしさとはかけ離れているし、人目を惹くようなうつくしさはない。
「どうだっていいじゃないですかそんなこと。世界中の誰がなんと言おうと、俺にとっては貴女が一番なんだから」
 さらりと、それはとても自然に告げられて、パリスメイアは一瞬何を言われたのか分からなかった。時間をかけて理解したときには、顔だけじゃなくて身体中が真っ赤に染まる。
「……俺は、皇帝となるには足りないものがたくさんあります。知識だって経験だって、アヴィランテでの人脈もない。そして貴女はどれだけ知識があっても、皇帝にはなれない」
 大きな手が、パリスメイアの手を握りしめた。
「でも、俺と貴女二人でなら、立派な皇帝になれると思いませんか」
 見上げる先にある鮮やかな緑の瞳を、パリスメイアは泣きたい気持ちで見つめ返した。
 ――ずっと、皇帝となる人と結婚するためだけの存在だと自分に言い聞かせては、諦めきれずに勉強してきた。もしかしたら、この知識がいつか役に立つかもしれない。父を支えることができるかもしれない。そう思って、パリスメイアは知識という武器を磨き続けてきた。

 だから、とジュードは囁く。
「恋をしましょう、パリスメイア。本当の、本物の恋を」
 祈るようにジュードはパリスメイアの額に自分の額を合わせて、目を閉じる。

 ――永遠に。

 甘く優しく囁く声は、まるで永久に愛を誓う言葉のようだと、パリスメイアは目を閉じながら思った。


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