平凡皇女と意地悪な客人

6:赤が、似合ってる

 ジュードの笑顔は崩れない。
 何を考えているか、パリスメイアにはわからないままだ。
 皇帝になりたいの? という問いに、ジュードは肯定も否定もしない。

 だからだろうか。パリスメイアも、彼とどう接すればいいのか決断を下せないままでいる。




「あ、パリス様、あれはジュード様ではございませんか?」
 今日も腹の探り合いのような午前が終わり、パリスメイアは急遽授業が休みになってしまったのでまた書庫に篭ろうかと歩いていたときだった。
 アイラが、庭にいるジュードを目敏く見つける。
「……そうみたいね。あんなところで何してるのかしら」
 庭といってもそこは手入れされているわけでもない、ただ野草が茂っているだけの場所だ。観賞用の手入れされた庭は別にある。人通りも多くないこの一角は、人件費を削減する目的で手入れも荒れ果てない程度で済まされているのだ。

 ――ああ、でも今は

「姫?ちょうどよかった」
 しまった、とパリスメイアは逃げ遅れたことを悟った。しっかり目が合ったあとでは気づかなかったふりをして立ち去るわけにもいかない。
「どうぞ」
 ジュードが手に持っていた花冠をパリスメイアの頭に乗せた。そこの庭に咲いていた、赤い花だ。ちょうどこの時期に咲き乱れる野草だった。
「……これを、作っていたんですか」
 さすがに花冠を頭に飾るような年じゃない。パリスメイアはそっと花冠を手に取って問いかけた。――嫌味なくらい、器用なものだ。
「ええ、懐かしくて、つい。昔よく姉と作っていたんですよ」
「こんな暑いというのに、暇なんですね」
 いくら過ごしやすいようにと設計された王宮でも、直射日光の下の庭はそれに含まれない。こうして立ち話をしているだけでもじりじりとした暑さが沁みてくる。
「俺が手伝えるようなものがないと、陛下のところからも追い出されてしまうので」
 いつもは外へ出ているんですけどね、とジュードは笑いながら、パリスメイアの持つ花冠を再び彼女の頭に乗せた。
「赤が、似合ってる」
 やさしく微笑むジュードに、パリスメイアは目が合わせられない。この子ども扱いはどうなのか。彼はどうやらこの花冠をパリスメイアの髪に飾っていたいらしい。
「……そういえば、貴方いつまでいるつもりなの?」
 ジュードがアヴィランテにやってきて、かれこれ一月以上が経っている。何かを学びに来たわけでもない、理由のない滞在としてはいささか長すぎるような気がした。
「姫が望むなら、いつまでも?」
「……聞くだけ無駄だったわ」
 彼がパリスメイアの問いに真面目に答えるわけがなかった。呆れて溜息を吐くパリスメイアに、ジュードは苦笑する。
「それでは、また」
 ――と、ジュードが去って行くので、パリスメイアはきょとんと目を丸くした。暇を持て余しているようだったから、てっきりまたパリスメイアにくっついて書庫までついてくるのでは、と思ったのに拍子抜けだ。
「ジュード様はわかっていらっしゃいますねぇ。パリス様は赤がいちばん似合います」
 ふふ、と上機嫌なアイラが花冠を見つめて呟く。パリスメイアの黒い髪に、真っ赤な花はとてもよく映えていた。
「それに、その花。パリス様お好きでしょう?」
 小さな頃から一緒のアイラの目は誤魔化せない。そう、パリスメイアも小さな頃によくこの花で冠を作ろうとしたものだ。残念ながら不器用なパリスメイアは、一度だってまともに作れたことはなかったけれど。
 頭に乗せられたままの冠をとって、パリスメイアはアイラへ渡す。
「……このままじゃ暑さですぐに萎れるでしょう。うまく器に活けてくれる?」
「はい、もちろんです」
 にっこりと意味ありげな笑みを浮かべるアイラに、深い意味などないと言い訳しそうになって、パリスメイアは口ごもる。言い訳したほうが、意識しているようではないか。

 ――……けれど、花に罪はない。





 そのまま狭い書庫に篭る気分でもなく、目当ての本を何冊か持ってパリスメイアは部屋へと戻った。王宮に用意された部屋は、パリスメイアが過ごしやすいように整えられていたし、調度品もなにもかもパリスメイアの好みで揃えられている。
 甘やかされている現実に苦笑しながら、パリスメイアは長椅子に腰掛けて本を開いた。アイラは何も言わなくても冷えた飲み物を用意してくれて、そっと少し離れた場所で控えていたり、他の仕事をしている。
 読んでいるのは歴史書だ。大陸の南に位置する国々は、古くから続く国が多い。しかしその中で女性の立場が極めて低いのが問題だった。対する北国は、女王が統治する国も珍しくはない。違いはなんだったのだろう、と気になり始めて、大陸史を読み解き始めたのだ。
 ――どれほど没頭していたのだろう、パリスメイアはけたたましく扉が開く音でふと本の世界から現実へと戻った。

「パリス様!」

 扉を開けたのはアイラだった。珍しいこともあるものだ。新入りの侍女に注意する立場であるから、彼女がこんな無作法をすることなど滅多にないのに。
「どうしたの、アイラ」
「大変です、ジュード様が倒れられたと、今……!」
 ――その言葉に、咄嗟に浮かんだのは先日の毒薬騒動だった。
 いくらなんでも、他国の人間をそう何度も巻き込まないだろうと楽観視していたのだが、それが間違いだったのだろうか。

「彼は今どこ!?」

 本が膝から落ちるのも気にせず、パリスメイアは立ち上がった。お部屋に、とアイラが答えるや否や、パリスメイアは慌てて部屋から飛び出した。


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