銀の王子と強がりな姫君(1)






 ――まったく父は、いったいどういうつもりだろう。

 自分を探している姫君たちから身を隠しながら、セオルナードはこっそりとため息を吐き出した。これでは外交というより、まるで見合いパーティーだ。いや、それが父王の狙いなのだが。
 連日、集められた姫君との夜会。周辺国の王子やハウゼンランドの貴族の子息も数人混じっているが、圧倒的に姫君の数が多いのだ。そしてその姫君たちの本命は、ハウゼンランド王国第一王子であるセオルナードだった。当たり前だ。セオルナードの心を射止めれば、ゆくゆくは一国の王妃なのだから。
 まして、ハウゼンランドでは一夫多妻制もとっていないし後宮も存在しない。つまりは王族に嫁ぎながらも他の王妃との熾烈な争いをしなくて済むのだ。条件だけは好条件。昔は弱小国だったハウゼンランドも、今はわりと名のしれた国になっているだけに、なおさら。
「……早く終わればいいのに」
 まさしく。さっさと終わってくれればいい。
 同意して、はたとセオルナードは「え」と漏らした。ここは北国ハウゼンランド。春先とはいえかなり冷える。こんな時期に庭で身を潜ませている人間が、他にいると思わなかった。
「――え?」
 お互いが驚いて声のする方へと顔を向け、そして対面する。朧月に照らされたその姫君は、強烈な赤い髪をしていた。夕日のようだ、とセオルナードは思う。
「……で、殿下?」
 その呼び方から、ああ夜会に招待された姫君か、と気づく。たくさんいる参加者の顔は覚えたつもりだったが、目の前の彼女は記憶にない。もしかすると、夜会の間ずっとこうして隠れていたのだろうか。
「……風邪をひきますよ。ハウゼンランドの春を甘く見ない方がいい」
 夜会に参加するためのドレスしか身に纏っていない姫君は、明らかに薄着だ。まだ雪がちらつくこともある気温なのだ。せめてストールでもあればよいものを。
「お気になさらず……。寒さには、慣れていますから」
 おや、とセオルナードは意表をつかれる。他国の姫君だとすると、ほとんどがハウゼンランドよりも温かいところからやってきているのだ。
「失礼ですが、あなたは――」
「申し遅れました。カーネリア・ハネル・ルヴィリアと申します。ルヴィリア王国第一王女です」
 ドレスの裾を持ち上げ、姫君――カーネリアは礼をする。きっちりとしたその仕草に、どことなく性格が表れていた。
 ルヴィリアはハウゼンランドの西にある島国だ。島国特有の気候で、冬はハウゼンランドと同じく冷えると聞く。なるほど、とセオルナードは納得した。よくよく見れば、カーネリアは震えてもいない。
「俺は――」
「存じておりますよ。セオルナード殿下」
 名乗ろうとしたセオルナードを、やんわりとカーネリアは遮った。それもそうか、とセオルナードは苦笑する。早く終わればいいのに。その一言から、カーネリアがこの夜会に乗り気ではないのは簡単に察せられる。だが、彼女の意志に関わらず、おそらく言い聞かせられているはずだ。『セオルナード王子を落としてこい』と。
 そもそものはじまりは、セオルナードの父王の企みであった。



「……どういうことですか、父上」
 ある日呼び出されたセオルナードは、父の説明に眩暈を起こしそうだった。
「おまえ、もう十八歳にもなるのに相手がいないだろ?」
「相手というのが恋人や婚約者のことをさすなら、いませんが」
「というか、作る気ないだろ?」
「積極的に作ろうとして出来るものでもないと思っておりますので」
「さすがに後継ぎがそれだと困るんだよなぁ。孫の顔だって見たいし」
「孫の顔ならフランが嫁げばいくらでも見られるでしょう。だいたい、まだ十八歳です。急いて相手を見つけてもいいことなんてないです」
 ことごとく反論するセオルナードにため息を零しながら、父王はこめかみを押さえた。真面目だとは思っていたが、これではあまりにも堅物すぎる。
「焦って見つけろとは言っていない。だが、おまえは探す気もないだろう? これはひとつのきっかけとして、もう少しそういうことも考えなさい」
 探す気がないわけではない、とセオルナードは反駁しようとして――やめた。色恋よりも学ぶほうがセオルナードの中では重要だったし、あまり興味がないのは事実だ。
 ハウゼンランドでは王はたったひとりの妃しか持たない。それは、もう何代も前からそうしている。祖父の代は政略結婚に近しいものだったらしいが、それでも夫婦仲は良好だし、父王にいたっては大恋愛の末の結婚だ。セオルナードもこれと決めた人を――と考えるのは自然の成り行きだ。愛して、愛されて、そして子を成していく。それが理想でもあるが、理想と現実は遠く離れている。
 なんせ、セオルナードに寄ってくる姫君は、たいていが『顔』が目当てなのだ。
 うつくしいと評判の母に似たセオルナードは、光の加減で金にも見える銀の髪に、深い青色の瞳の、美少年だった――今は美青年というべきだろう。頭脳明晰で、剣の腕も上等。まさに絵に描いたような『王子様』なのだ。
 王子、殿下、と花に群がる蝶のような姫君は、正直苦手だった。誰ひとりとして「セオルナード」と見ていないからだ。甘い香水の匂いも、たおやかな指先も、何もかもが鬱陶しいと感じるほどに、セオルナードは嫌気がさしていた。半ば女性不信だったのかもしれない。

「とにかく、今度他国の姫君を招待した夜会を開く。一応は外交の場だから、きちんと参加しなさい」

 かくして、この見合いパーティーのような夜会が開かれることになったのだ。












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