告白する声が、わずかにかすれた。口の中が乾いている。
それでもフランディールはただまっすぐにヒースを見つめた。そのまなざしで、少しでも多く気持ちが伝わればいいと。
まだ伝えるつもりはなかったけれど、止まらなかった。
こちらの想いを伝えなければ、いつまでもヒースはフランディールを恋愛対象外にしたままだろう。平気で他の男と結ばれることを勧めてくるのだろう。
――そんなこと、耐えられない。
ヒースは驚き、目を見開いていた。そしてフランディールの表情から、瞳から、嘘や冗談ではないことを知る。過ぎ去った時間は一瞬か、それとも数分か。フランディールには一時間にも永遠にも長く感じた。ヒースが、困ったように、笑う。
分かっていたけれど、辛い。
「姫のお気持ちに、応えることはできません」
申し訳ございません、とまるでヒースが悪いことをしでかしたように、深々と頭を下げる。
ずきんと胸が痛む。恋の喜びや楽しさで膨らんでいた心が、寂しげに萎んでいく気がした。
「どう、して」
知っていたけど、駄々をこねる子どものように理由を問うた。そうでもしなければ、感情にまかせてすぐにでも泣き出してしまいそうだったからだ。
ヒースはわずかに迷いを滲ませて、それでも口を開く。
「姫の、私に対する感情は、憧れのようなものですよ」
やさしく諭すような声に、フランディールは雷に打たれたような気持ちになった。
「……恋では、ありません」
ヒースの声はやさしいのに、フランディールの胸を容赦なく突き刺す。
「違うわ。私は、ヒースのこと」
「姫のような年頃で、年上の男に身体を張って守られたら悪い気はしないでしょう? どきどきすることもあるでしょうし、それを恋だと思ってしまうこともよくあることです」
ただそれだけで私があなたを好きになったと思うの?
言い返そうとしても、声が出なかった。振られることは予想できても、こんなことを言われるだなんて、誰が想像できるだろう。
堪えていた涙が、悔しさで滲んでくる。
どうして、信じてくれないの。どうして恋じゃないなんて言うの。
――だから、応えてくれないの?
「……すきよ」
涙を浮かべた瞳で、ヒースを見つめる。ヒースは困ったように微笑んだままだ。
「すきよ、すき、なの」
ぎりぎりのところで、涙は零れなかった。よかった、とフランディールは思う。泣かせた、なんてヒースに思ってほしくなかった。
「ヒースがどう感じても、私にとっては、恋だったの」
大切な大切な、初恋だった。
フランディールは胸にため込んでいた息を吐き出す。
もうヒースを見ていることもできなくなって、フランディールは背を向けた。姫、とやさしい声が聞こえて苦しくなる。拳を握り締めて、フランディールは口を開く。
「部屋に、戻るから」
どうにか聞き取れるだろうというくらいに小さな声で、フランディールは告げる。ヒースからの返事も聞かずに走り出した。もう一緒にいるのは、辛い。喜びなんて今は湧き上がる気力もないのだ。
振られることは覚悟していた。覚悟の上で、彼に自分の意思を伝えたかった。私が恋をしているのは、あなただと、伝えたかった。
けれど、どれだけフランディールが「好きだ」と告げても、ヒースはそれを憧れとしか認識してくれない。恋ではないと。もし恋であっても、幼い子どもの恋だと。本気などでは、ない、と。
もう我慢はできなかった。涙がぼろぼろと零れて落ちる。苦しかった。苦しくて苦しくて、溺れているみたいだ。呼吸がうまくできない。
こちらの気持ちを伝えて、それから頑張ろうと思った。けれど、もう無理だ。フランディールの恋は、粉々になって壊れてしまった。壊したのはヒースだろうか、フランディールだろうか。少なくともフランディールは、たとえ振られても壊すつもりなんてなかった。大事に大事に磨こうと、そう思っていた。砕けた破片が胸に刺さって痛い。
歪んだ視界のなか、前を見て走ることもできなかった。角を曲がったところで、どんっと人とぶつかる。転びそうになったフランディールを、大きな手が支えた。
「っと、フラン?」
聞きなれた幼馴染の声だ。
「キ、リル?」
涙を隠すこともなく見上げると、緑色の瞳と目が合う。フランディールが泣いている、と気づいた途端、キリルの顔が険しくなった。
「どうした」
少し乱暴に頬を拭われる。けれどその荒々しさが、キリルなりのやさしさだと知っているので、余計に泣けてくる。ほろりほろりと涙が溢れた。
「ふられちゃった」
フランディールはどうにか笑顔を作ったが、失敗してしまったらしい。キリルは眉を下げる。
「……そっか」
「うん」
キリルはフランディールを抱き寄せて、よしよしと頭を撫でた。背中に回された手がぽんぽんとあやすように背を叩く。我慢するなと言ってくれているようで、フランディールはキリルの胸にしがみついて泣いた。
「すきって、言ったの」
「うん」
「でも、恋じゃないって、あこがれだって言われたの」
「うん」
「わたしにとっては、ちゃんと恋だった。すきだった。すきだったの」
「うん、知ってる」
フランディールの言葉を何一つ否定しないキリルの声に、ますます涙が溢れてくる。
叶うことのない恋だと、どこかで気づいていた。ヒースの中にあるのは忠誠心であり、恋ではない。そしてたぶん、どれだけ待っても、想いを伝えても、フランディールに対して恋愛感情を抱くことも、ないだろうと。それでも、好きだった。好きになってしまった。
いつか振り向いてくれるように、頑張ろうと思った。
けれどその覚悟もむなしく、恋とも認められなかったこの想いは、どうすればいいのだろう。
「おまえは、ちゃんと、恋をしてたよ」
キリルの肯定に、少しだけ救われる。好きな人に認めてすらもらえなかった恋心を嘆いて、フランディールは声が枯れるまで泣き続けた。