金の姫と婚約者候補たち

第3章:本当の恋ってなんですか?(4)






 ヴェルナーとのお茶から数日後。頼んでいたはずのヴェルナーが放棄したおかげで、夜会のエスコート役はヒースになった。もう一人エスコート役ができる人間がいるはずだが――キリルはもちろん、どこかの空の下で旅をしているだろう。ヴェルナーは文句をよく言っているが、フランディールは気にしていない。キリルは好き勝手しているほうが彼らしい。
「今日はよろしくお願いします」
 少し緊張しつつお辞儀をすると、ヒースは変わらぬ笑顔で「こちらこそ」と言った。ふわ、と胸が温かくなると同時に、緊張がほぐれた。
「急に、ごめんなさいね。最初はヴェルナーにお願いしていたんだけど」
 急用が、と言って断られたが、おそらくヴェルナーはもう一度フランディールとヒースで話をする機会を与えたつもりなのだろう。
「いえ、かまいませんよ。暇な人間ですし」
「騎士団の副団長様が暇なわけないと思うけど、そういうことにしておくわ」
 ふふ、とフランディールも笑ってヒースと並んで歩く。そういえば前にもキリルの不在のときにこうしてヒースにエスコートをお願いしたことがあったな、と思う。キリルやヴェルナーは慣れているせいもあって、エスコートを頼みやすいのだ。ヒースはやっぱり、少し、緊張する。
「せっかくだもの、一曲いかが?」
 エスコートされていても、以前のように胸は躍らない。ダンスは苦手――というよりも、集まってくるご婦人方が苦手なのだろう。夜会の時のヒースはいつもより表情が硬い。
「お手柔らかに」
 ここで断るような人ではないことを、フランディールは知っている。ヒースのリードは真面目でお手本のようだ。キリルと踊ると、少し遊びが入るがリードはうまい。ヴェルナーは少し慣れていない様子が滲むが、それでもフランディールに恥をかかせるほど無様ではない。
 恋をしていた頃なら、一緒に踊るだけで天にも昇る気持ちになっただろう。今は冷静に他の二人と比較することまでできるが。
「ねぇヒース」
 ふと思いついて、フランディールはヒースに問いかける。

「本当の恋って何かしら?」

 ぐ、と一瞬ヒースのリードが乱れた。フランディールも危うく彼の足を踏みそうになる。もし踏みつけてしまったところで、ヒースはなんてことないというのだろうけれど。
「ど、うしたんですか。突然」
 その手の話は不得手だからだろう。ヒースの硬い表情が、ますます硬くなる。
「私ね、ずっと思っていたのよ。あなたが人の初恋を憧れだって言ったんじゃないの」
「今、それを掘り返しますか」
「そうよ。気になるんだもの。あなたの言う本当の恋ってどんなものなのかしらって」
「……いじわるですね、姫は」
「あら、いじわるなのはあなたもだと思うわ」
 苦い表情のヒースに笑いながら、フランディールは三か月ほど前の胸の痛みを思い出す。素敵な初恋だった――と過去として語れるくらいには、立ち直っている。
「……私は男で、騎士ですので、参考になるかどうかはわかりませんが」
「いいわよ。あくまでちょっと聞いてみたいだけだから」
 ダンスのリズムも崩さず、笑顔を保ったままのフランディールはさすがと言うべきだろうか。こういった社交場での「姫」の仮面は鉄壁だ。

「独占欲、でしょうね」

 フランディールは一瞬だけ目を丸くした。
 ヒースの言葉を頭の中で反芻して、ようやく理解する。
「どくせん、よく?」
 予想外の答えだった。フランディールにはピンとこない。
「ええ、独占欲です。少なくとも、私の場合は。誰にも渡したくない、誰にも譲れない、出来ることならこの手のなかに閉じ込めてしまえたら、と。そう思ったら最後なんでしょうね」
 経験でもあるのだろうか、ヒースは少し遠い目をしている。どこか恋をしているみたいな目だった。少しだけちくりと胸が痛んで、初恋の名残を感じる。
 そこで、ちょうど一曲が終わった。フランディールは風に当たりたいわ、とヒースをバルコニーまで連れ出す。すぐ傍のバルコニーならば人目にもつく。けれど近づかなければ会話までは聞こえないだろう。
「独占欲。独占欲、ね」
 ふむ、と繰り返していると、ヒースが苦笑した。
「男特有の考えかもしれませんけど」
「あら、女だって嫉妬するし、独占したいと思うわよ」
 たぶん、と付け加えてしまったのは、はっきりとそう感じたことがないからだ。だって目の前にいるこの人は、私のものではなかった、とフランディールは自分で言い訳する。自分のものじゃない。それを、独占したいなんて、誰にも渡したくないなんて。そんなわがままな感情は、あの頃なかった。
「……そう考えると、あなたの言うとおりだったのかもしれないわね」
 初めての恋を思い出す。傍にいるだけでうれしくて、しあわせで、どきどきした。他のものは目に入らなかった。
「あなたを独占したいと、思ったことはないもの。たぶん他の人とダンスしても、少し嫌な思いをするだけだったわ。やっぱり、憧れだったのかしらね」
「憧れだとしても、光栄です」
 お上手ね、とフランディールは笑った。夜風が少し火照った身体には気持ちよかった。結い上げた髪をほどいてしまいたい。
「でも認めるのも負けた気がするから、私の初恋の人はあなたのままにしておく」
 もし次に恋した相手がとんでもない男だったら、嫌だし。フランディールは茶化すように呟いた。もしヒースより上等な男なら、ご都合主義でヒースにはただの憧れの人になってもらおう。そこは強かな女でいたい。
「姫ならきっと、素敵な恋ができますよ」
 ふわりと笑うヒースに、酷い男だとちょっとだけ思う。素敵な恋の相手になってくれてもよかったじゃないの。
「あら、さっそく私を振ったこと、後悔したかしら?」
 ふふ、とフランディールが茶化すように問うと、ヒースは一瞬だけ言葉を飲み込んでそして笑う。
「さて、どうでしょうね」

 誤魔化しかたが、大人でずるい。













copyright© 2013 hajime aoyagi.
designed by 天奇屋

inserted by FC2 system