金の姫と婚約者候補たち

第4章:恋って楽しいものじゃないんですか?(1)






 がたがたと揺れる馬車の中は無言に支配されていた。
 フランディールは小さな窓の向こうの景色が瞬く間に変わっていくのを、心ここに在らずで眺めていた。
「フラン」
 向かいに座る叔母が、困ったように微笑みながら声をかける。赤みがかった金の髪に青い瞳。父と似た面立ちなのは当然だ。父と叔母は双子なのだから。こうして向かい合っていると、フランディールも叔母によく似ているので、母子のようだった。
「うちの馬鹿が無茶して、心配かけてごめんなさいね」
 フランディールの頬を心配するように撫でる伯母に、胸がきゅっと苦しくなる。心配しているのは叔母だって――いや、叔母のほうが、ずっとずっと、心配しているだろうに。その証拠に、いつもうつくしい肌は少し荒れているし、目も赤い。フランディールはゆっくりと首を横に振った。
「叔母様のほうが、ずっと――」
「あらやだ。叔母様って呼ぶのはやめてと言っているじゃないの。名前で呼んでくれないのならいっそお義母さまのほうがいいわ」
「……リノル叔母様、お義母さまというのはさすがに」
 一応はキリルも婚約者候補の一人なので、冗談でも冗談にならない。万が一誰か部外者に聞かれでもしたら、瞬く間に噂になって収拾がつかなくなる。
「うちの愚息じゃ嫌? 顔立ちは悪くないし面倒見もいいし、あれでそれなりに真面目だから浮気もしないと思うわよ?」
 父と同じ年のはずなのに、首を傾げてこちらを見つめてくる叔母は大変可愛らしい。父がよく「あいつは二十年前に年をとらなくなった」と叔母のことを話しているのが頷けるし、結婚する前はたくさんの求婚が舞い込んできたというのも納得できる。
「キリルのことは嫌いじゃありませんし、彼がいい人なのは知っていますけど、なんというか兄みたいなもので」
「あらぁ、失敗したわね。小さい頃から芽生える恋を狙って仲良くさせていたけど、あんまりにも近すぎたかしら? フランみたいな娘が欲しかったんだけどなぁ」
 男の子はつまらないわよねぇ、と叔母ことリノルアースは残念そうに微笑む。
「私でよければ、いつでもおつきあいしますよ?」
 買い物やらドレスやらお茶やら、女の子らしいことはそれほど得意ではないが、叔母と過ごすのは楽しい。それこそもう一人の母のようなものだ。
「そうね、お願いするわ! 男の子なんて、好きな人が出来たら母親は一番じゃなくなるものねぇ。ただでさえ大きくなると生意気になって。それに比べ女の子なら好きな人が出来ても恋の相談に乗れるし? 親子で恋の話って楽しそうって思っているのよ」
「母様は、苦手そうなのでその時はリノル叔母様に相談します」
 なんといってもフランディールの母は騎士をしていたような男勝りな女性で、恋愛相談など持ちかけたら渋い顔をされそうだ。
「ふふ、楽しみにしてるわ。フランはそうやって笑っているほうが素敵よ?」
 よしよし、と撫でられて、少しだけ緊張が解れていることに気付く。本当はフランディールよりもずっとずっとキリルのことを案じているだろう人に慰められてしまった、とフランディールは心のうちで反省した。周りが見えていないにもほどがある。
 護衛であるヒースは馬で馬車の傍を並走している。ヴェルナーには声をかけたものの、すぐに出立は難しいということで、あとから追ってくるそうだ。結果的に、馬車の中にはフランディールと、叔母のリノルアースだけになっている。
「まったく、もういい歳だっていうのに無茶ばかりするんだから、うちの息子は。誰に似たのかしら」
「確かに、叔父様は無茶をするような方ではありませんね」
 しかしこの叔母ならば多少の無茶はやっていそうだ、とフランディールは思う。そして心のうちを覗き込んだように、リノルアースは笑った。
「あら、私に似たってことかしら?」
「いえ、とんでもない」
「顔に出やすいのはアドル似ね。気をつけなさい、フラン。女性たるもの、簡単に心の中を見破られちゃ魅力が半減するわ」
「はい……」
 こういうアドバイスもためになるので素直に頷く。叔母のこういったアドバイスには助けられてばかりだ。元お姫様、というだけあってフランディールの悩みもよく理解してくれている。
 叔母に対する話しやすさが、ふとフランディールの口を滑らせた。
「リノル叔母様、本当の恋とそうじゃない恋の見分け方ってなんでしょう?」
 問うた瞬間、叔母の目がキラリと光った。
「なに? さっそく恋の相談かしら?」
「ま、まぁそんなところです」
 んふふ、と嬉しそうに叔母は笑う。
「にしても真面目な質問ねぇ。恋に本当かどうかなんてあるの?」
「ないんですか?」
「その時一生懸命に恋していたなら、すべて本当の恋なんじゃないのかしら。憧れもなにもかもひっくるめてね」
 それなら、フランディールの初恋もカウントしても問題ないのだろうか。
「独占したいと思うことが恋です?」
「それだけでは判断できないけれど、そうね。そういう一面もあると思うわ。よけい、あなたは姫だもの。そう思うことが多いかもしれない」
「……立場は関係あるんですか?」
「姫であるということは、多くのものに恵まれているということ。多くのものを与えられてきたということ。多くのものをもっているということ、よ。手に入らないことなんて、そうないでしょう」
 それにしても、と叔母は微笑んだ。
「そういう質問をするってことは、誰かに恋をしたってことよね? もっと早く相談してほしかったわ」
「……キリルが相手じゃなくていいんですか?」
 くすりと笑いながら茶化すと、叔母は「それはそれ、これはこれよぅ」と笑う。
 救われる。こういうとき、キリルはやっぱりこの人の息子なのだなぁ、と思い知らされるのだ。















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