金の姫と婚約者候補たち

第1章:恋ってどんなものですか?(2)







 ハウゼンランドは短い夏を迎えた。
 春先に公表された婚約者候補とともに、フランディールは王城を離れ、うつくしい湖の傍にある城へ向かっている。しばらくはこうして、婚約者候補との仲の良さをアピールしておけ、という父からの命令である。数日後には兄のセオルナードとその婚約者のカーネリアが合流する予定だ。わずかばかりの夏休み、といったところだろうか。
 移動はそれほど時間かかからない。馬車で三時間ほどだ。城から出て一時間ほど、フランディールは馬車の小さな窓から顔を出す。
「どうした? 酔ったか?」
 馬車に乗っているのはフランディールとヴェルナーだけだ。窮屈なところが嫌いなキリルや、馬に慣れ親しんでいるヒースは馬車に乗らず馬を走らせている。
「私も馬に乗りたいわ」
 一応フランディールも馬に乗れる。遠出をする時は馬車を使うことがほとんどなので、その腕前を披露する機会はあまりない。
「ドレスでか」
「いいじゃない。ちゃんと人目があるような場所までは我慢していたんだから!」
 今はもう王都から出て街道を走っている。キリルははぁ、とため息を吐き出した。
「フラン。女の子なんだからおとなしくしていたら?」
 馬車の中でお行儀よ座っているヴェルナーが、呆れたような顔で注意をするが、フランディールは不満げに頬を膨らませる。
「退屈なんだもの。馬に乗っているほうが景色もよく見えるし風を感じて気持ちいいのよ」
「相変わらず変わってるよね」
 次の休憩後な、とキリルは言ってまた馬車から離れた。そういえばそろそろお昼だ、と空高く昇った太陽の位置を見てフランディールは思った。

 休憩場所は小川の傍だ。四人の他にも護衛の騎士と、身の回りの世話をするための侍女が数人いる。目的地の城に到着すれば使用人は別にいるので、侍女といっても三人ほどだ。もともとフランディールは自分の身の回りのことは自分でできる。そのように教育されているからだ。
「姫、どうぞ」
 窮屈な馬車から降りようとするフランディールに、ヒースが手を差し出す。
「ありがとう」
 さりげないエスコートに少しだけ照れながら、フランディールはゆっくりと降りる。んー、と伸びをしたくなるが、どうもお姫様の扱いを受けたあとだと恥ずかしい。
「なんだフラン。おとなしいな」
 突然フランディールの背後からくしゃりと頭を撫でたのはキリルだ。せっかく綺麗に結っている髪を! と怒り出すのはいつも侍女の役目で、フランディールはさほど気にしない。他にも侍女たちは日に焼けてしまいます、と日傘を用意してくれるけれど、それほど日差しが強いわけでもないのでフランディールには無用のものだ。
「腹減ったか?」
「そういうデリカシーのない言い方はどうかと思うの。まぁ、確かにお腹は空いたけど」
 ただ座っていただけだが、フランディールのお腹は今にも鳴りそうだ。侍女たちが慌てて持ってきた昼食の準備を始める。
「フラン、小川が綺麗だよ」
 ヴェルナーの声に、フランディールは振り返る。見ると流れが緩やかな小川は、水面がきらきらと輝いている。足を浸したら気持ちよさそう、なんて思ったがそんなことしたら侍女が卒倒してしまうだろう。
「ほんと。魚が見えるわね」
「姫様! 危険ですからそのように近づかれては」
 年かさの侍女が慌てて注意するが、フランディールはわざと聞こえないふりとして小川の傍まで歩み寄った。長いドレスの裾が邪魔で、少し持ち上げる。
「姫、傍は滑りますから」
 ヒースのやさしい声が聞こえた、と思ったときには足下がするりと滑る。まずい、と思うが手をつくこともできない。
「フラン!」
 焦ったようにフランディールを呼ぶのは、キリルだろうか、ヴェルナーだろうか。ああ侍女にまた小言を言われるわ、とわりと冷静なフランディールのもとには、いつまで経っても冷たい感触がやってこない。

「……あら?」

 小川に落ちて濡れることまで覚悟していたのだが、気づけばフランディールの腰にはしっかりとした腕が巻き付いている。顔をあげると、すぐそこに端正な顔があった。
「ヒー、ス?」
「噂に聞くよりもお転婆ですね、姫」
 くすくすと笑いながらヒースはフランディールを支えてくれていたのだ。ふわりと自分以外の人の香りがして、フランディールの胸が悲鳴をあげる。
「あ、ありがとう」
「いいえ。気をつけてください」
 微笑みながらヒースは拘束を解く。異性とあれほど傍に接したのは、家族やキリル以外だと初めてだわ、とフランディールはまだどきどきとしている胸を押さえた。
「おまえバカか。ただでさえ動きにくい格好しているんだから気をつけろよ」
「バカって言わないでよ。これでも気をつけたの!」
 少しは心配したらどうなのかこの男は!
「フラン。大丈夫?」
 誘ったヴェルナーは罪悪感もあるのだろう。心配そうにフランディールの様子を見る。
「大丈夫よ。ヒースのおかげで怪我ひとつないわ」
 助けてくれた本人はたいしたことをしていない、という顔で護衛の騎士たちのもとへ行ってしまっている。


 休憩後はフランディールの望みどおり、キリルの馬に同乗させてもらう。あと一時間と少しで到着だ。
「おまえも相当変わった姫だよなぁ」
 キリルは手綱を握りながら呟いた。
「何よ。変わり者のキリルに言われたくないわ」
 反論するものの、フランディールもキリルの言いたいことは分かる。フランディールはどうも「普通」のお姫様とは違うらしい。着飾ることも必要だと思うが、あまり華美なものは好きじゃない。ドレスを着付けて髪を結い上げて化粧して、という時間は苦痛に感じるほうだ。幼い頃から護身のためにと母から剣や護身術を学んでいるからか、多少の怪我や日焼けなんて気にならない。
「そんなおまえでもいいって奴をしっかり見つけろよ」
 やさしい声音に、フランディールは少しくすぐったい気持ちになる。こういうときに、ふと、キリルは兄のような顔を見せる。本物の兄よりも、兄らしく。
「キリルも一応、候補のひとりでしょ?」
 照れ隠しも含めてそう言うと、キリルは苦笑しながら「まぁな」と答える。
「ヒースやヴェルナーはいい奴だし、ふたりのどっちかを選ぶんなら賛成だなぁ。ヒースは腕が立つし、真面目だし浮気なんてしそうにないし。ヴェルナーも頭がいいし将来有望だろ」
「まるで他人事みたい」
 他の候補者たちを評価し始めるキリルに呆れながらフランディールは呟いた。実際、昔からキリルとフランディールの間には婚約の話があった。幼い頃から仲が良かったし、周囲はよくそういうお相手なのではと誤解していたようだ。キリルの母(つまりはフランディールの叔母だ)はフランディールをえらく気に入っているので、娘になるなら大歓迎よ、なんて冗談なのか本気なのかわからないことを会うたびに言っているが。
 他のふたりは知らないが、キリルが婚約者候補の話を受けた理由は、フランディールにも分かる。兄貴分として、こんな利益もない茶番につきあってくれているのだ。本人も結婚適齢期で、相手を探さなければならない年頃だろうに。
 だからこんな風に、他人事のように話せる。
「他人事だろ。だっておまえは、俺を選ばないだろ?」
 さらりとした返答に、フランディールは思案する。キリルと、結婚? 想像しようとするが、ぼんやりとしたまま散ってしまう。相手としてありえない、とかそういうものではなく、あまりにも近しいので、想像できない。そんな感じだ。
「そうね、選ばないと思うわ」
 それならばヴェルナーやヒースのほうが想像しやすい。
「だろ?」
 正直に答えるフランディールに嫌な顔ひとつせず、キリルは笑った。背中に感じるぬくもりに安堵を覚えながら、フランディールはきっとこの関係は死ぬまで変わらないのだろう、と思った。












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