金の姫と婚約者候補たち

第4章:恋って楽しいものじゃないんですか?(5)








「――見つけましたよ」

 ひやりと、背筋を凍るような声がした。
 振り返ると、にっこりと微笑んだヒースが立っていた。笑っているのに、ちっとも笑っていない。
「ヒ、ヒース」
「お二人ともご自身の立場を理解されていないようですね? 宿屋に帰ってからじっくりとご説明させていただきます」
「あー……意外に見つかるの早かったなぁ」
 キリルは何食わぬ顔で「もう少し見て回りたかったんだけどなぁ」と呟いている。はぁ、と吐き出されたヒースのため息が重い。とても重くて冷たい。
「安静にしてなければ、治るものも治りませんよ」
「過保護だって、もう歩けるんだからさ」
 ベッドで寝たきりのほうがよほど不健康だ、とキリルは不満をもらす。じっとしていられない性分の彼には拷問にも等しいのだろう。
「それに、ひ……フラン様まで連れて行かれるのは、どうかと」
 姫、と呼んで誰かに聞かれるのを恐れたのだろう。ヒースに名前で呼ばれるとどうも違和感があるな、と苦笑しながらフランディールは思った。
「別にいいだろ、少しくらい。社会経験だよ」
「ですが、何かあったら」
「大丈夫よ、ヒース。ずっと手を繋いでいたからはぐれることもなかったし、人混みにいたもの」
 誘拐などの危険などまったくなかった。フランディールが悲鳴を上げずとも、何かあれば周囲の人が気づくだろう。
「ってことで、あとはまかせた! 俺はもうちょいぐるっと見て回るわ」
「え、ちょっ!」
 キリルはヒースの隙をついてさらりと人混みの中に紛れていなくなってしまった。フランディールを置いていけばヒースも彼の性格上迂闊に行動できなくなる。
「……行っちゃったわね」
「……そのようです。仕方ありません、一度宿屋に戻ってから、もう一度探しに行きます」
 ヒースが呆れたように息を吐き出して、では、と手を差し出した。フランディールは首を傾げて、その手のひらを見つめる。
「宿屋に戻るまで、手を繋がなければはぐれてしまうでしょう?」
 言われてようやくああ、とフランディールは気が付いた。自分でもさっき、キリルとずっと手を繋いでいたと言ったばかりだというのに。
「ふふ、ヒースがまるでお兄様みたいだわ」
 少し緊張した面持ちで、慣れないようにフランディールと手を繋ぐ様はセオルナードに少し似ている。エスコートは慣れているけれど、こういうものには慣れていないらしい。
「お兄様、ですか。光栄です」
 殿下と似ているなんて、と優等生の模範解答のような言葉も、セオルナードにそっくりだ。
「キリルの方が慣れているのよね。人を連れまわすのが得意だから」
 小さな頃はお兄様と私の二人を連れて歩いていたのよ、とフランディールが懐かしそうに話す姿を、ヒースは優しく見つめていた。その視線に、フランディールは妙な居心地の悪さを覚える。幼い子どもを見守るようにあたたかいのに、どこか見透かすような、そんな視線だ。
「どうか、した?」
 平然を装い問いかけると、ヒースはフランディールから目を逸らさずに口を開く。
「新しい恋は、見つかりました?」
 どきり、と心臓が鳴る。
 ヴェルナーにも気づかれてしまうくらいだ。ここ数日一緒にいるヒースだって、気づくに決まっている。
 見つかりましたか、という問いだって、優しい。優しいから苦しい。きっと本当は「気づきましたか」と問いたかったのだろう。今ならフランディールにも分かる。ヒースもヴェルナーも、フランディールがヒースに恋をしていたときから、いつかフランディールはキリルを好きになると知っていたのだ。好きになる、という言葉にも語弊がある。この恋の小さな種は、ずっと昔からフランディールの胸の中に埋まっていたのだから。
「……実りのない恋ばかりしちゃうみたい、私」
 恋愛運がないのね、とフランディールが自嘲しながら零すと、ヒースは不思議そうに呟いた。
「実りがない? どうしてです?」
「だって、キリルは私を好きにはならないわ」
「なぜ?」
 なぜというのも率直で残酷な問いだ。キリルがフランディールのことをよく知っているように、フランディールだって彼を知っている。従兄妹で、幼馴染なのだ。
「私に聞かれても困るわよ。でも、キリルにとって私は妹みたいなものよ。恋になんて発展しないわ。お兄様と同じよ。どれほど大事に思ってくれても、恋じゃないの」
 自分で口にしたその言葉は、想像以上に胸に刺さる。しかし何度問われてもフランディールは同じように答えるだろう。フランディールが知っているキリルは、フランディールに恋することはない。
「らしくないですね」
「そう? 私らしくないかしら」
「少なくとも、私に振ったことを後悔すればいいと言い切った姫なら、諦めたりしないと思いますが?」
「……後悔しても知らないから、と言ったのであって後悔すればいいとは言ってないわ」
「似たようなものでしょう?」
 いや、語弊があると思う。
 どう考えても、叶うはずのない恋だと思う。けれども、自覚したばかりの想いはそう簡単に消えてくれそうにはない。自分のことでいっぱいで、諦めるとか、諦めないとか、そんなことを考える余裕なんてなかった。
「彼にとって妹みたいなものであろうがなかろうが、大切な存在には変わりないでしょう? そこから恋になるかどうかなんて、案外紙一重だと思いますよ」
 妹に恋愛感情を抱く兄がいるかしら。
「私を振った人にそう言われても説得力に欠けるわ」
 意地悪に皮肉を返すと、ヒースは苦笑して黙る。少し意地悪すぎたかしら、とフランディールも内心で反省したが、黙ったまま歩いていても雰囲気は変わらないままだ。ヒースも気にしてはいないのだろう。
「着きましたね。姫はもう抜け出さないでくださいよ」
 宿屋に着くと、ヒースはすぐにまたキリルを探すために街へと戻っていった。ヒースの小言に、フランディールはキリルがいないなら、私一人で抜け出したりしないわと小さく呟いた。














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