金の姫と婚約者候補たち

第5章:嘘の恋も、いつかは本物になりますか?(2)








 ロイスタニア、という名には覚えがあった。
「確か、ネイガスの公爵家の――」
「ええ、金の姫とは遠い親戚となります。そちらの彼とも」
 ジュードが示した先にいたのは、誰もが想像していた人だった。キリルもなんてことのない顔で「よう」と笑う。
 再びゆるやかに音楽が鳴り始め、ジュードの登場に驚いていた人々も次第にダンスを始めた。ダンスの輪から三人で抜け出して、壁際に寄る。ちらちらと投げかけられる視線はいつも以上に多い。皆、突然現れた青年が気になってしかたないのだろう。
「会うのは久々だよな。姉ちゃんは元気?」
 ということは、会ったことがあるのだ。ネイガスの公爵家と言えば、キリルの父の妹姫が嫁いだ先である。
「姉も元気ですよ。あなたもご無事で何よりです」
「まぁ、ほら。俺は悪運強いからさ」
 二人が並んでいると、なるほど血縁であるといわれても納得できる。顔立ちはどことなく似ているし、ジュードは真面目そうな雰囲気もあるが、どこかキリルと同じで自由気ままな風でもある。
「フランディールと申します。ようこそ、ハウゼンランドへ」
「姫のお噂はかねがね」
「あら、どんな噂かしら」
 北に金の姫在り。自分の身にはあまりにも大きすぎる評価だ。それをどの程度信じてやってきたのだろう、とフランディールは苦笑した。
「ワガママで、ドレスを着るよりも兄の真似をして剣を握りたがる――随分なお転婆だと」
 フランディールの耳に届いたのは、予想を反する言葉だった。え、と思わず口をあけてジュードを見上げる。
 にこりと笑い、ジュードは今にも逃げ出そうとしているキリルを指差した。
「彼から」
「キリル……」
 フランディールはじろり、と隣にいるキリルを睨んだ。
「本当のことだろ?」
 開き直ったキリルに、フランディールは極上の微笑みを作ってヒールで足を踏んでやった。綺麗だかわいらしいと過剰な評価をされるのもごめんだが、お転婆だと言いふらされてはたまらない。せっかくのいい評判なのだから、利用してもいいではないか。これからの、婚約者――もとい、夫選びに。
「ジュード様は、キリルの快復祝いにいらっしゃったのですか?」
 おそらくはキリルかその父が招待したに違いない。
「ええ、本当は父も母も来たかったようなんですが、手が空かなくて。代わりに」
「ほらキリル、あちこち心配させたんじゃないの」
 釘をさすように言えば、キリルは苦笑しながら「はいはい」と答えた。わかっているんだろうか、この男は。
「で? しばらくいるんだろ?」
「その予定です。私もハウゼンランドに来るのは久々なので」
「あら、以前いらっしゃったことが?」
 そうだとするのならば、フランディールの記憶にないのも不思議だ。ハウゼンランドの王家ともつながりのある一家なのだから、挨拶程度には対面していてもおかしくないのだが。
「幼いころに、一度。確かそのときは姫は寝込んでいらっしゃったので」
「それで今日初めてお会いすることになったのね。けれど小さい頃のことなら、どちらにしても覚えていなかったかも」
 そうかもしれませんね、とジュードはやわらかく笑う。笑った顔が似ている、とフランディールは思ってしまって、そのことに気づいて赤くなる。
「姫、一曲お相手願えますか?」
 すっと手を差し出され、フランディールは目を丸くする。いつもならば、よほどのことがない限り婚約者候補や兄以外の人とは踊らない。そのほうがのちのち妙な噂にならないし楽なのだ。
 一瞬どうしようか、と悩んだが、結局フランディールはその手をとった。
「お願いしますわ」
 にっこりと微笑み、フランディールはもう一度ダンスの輪の中に入っていく。視線がよりいっそう集まってきたのを肌で感じた。フランディールは慣れたものだが、ジュードも気にした様子はない。
「目立つことに慣れていらっしゃるのかしら」
 ジュードのリードで踊りながら、フランディールは小声で話しかける。ジュードは笑みを崩さないまま「そうですね」と答えた。
「この容姿ですと、ネイガスでもハウゼンランドでも目立ちますから」
 なるほど、とフランディールは納得する。黒い髪、黒い瞳、濃い肌の色。キリルに比べていささか南国の血が濃く出ているような気がする。
「ですが、こういう場にはあまり出ないので、少し緊張しますね」
「あら、ネイガスでもパーティはあるでしょうに」
「田舎に引っ籠ったまま、あまり出ないので」
 切り返しがうまいのに、嫌な感じがしない。キリルよりもずっと紳士的な様子なのに、どこか似ている。だからだろうか、こうしてダンスをしながら密着しているのにわずかな安堵すら感じていた。
 フランディールを気遣ったリードは、ヒースに近い。けれど時々奔放さを感じさせるくらいにはキリルに似ていて、いろいろな意味でどきどきする。
「気にしているみたいですね」
 くすくすと笑いながら降ってきた言葉に、フランディールは「え?」と聞き返した。心の中を見透かされたのだろうか。
「キリルです。さっきからこっちを見てますよ」
 指摘されてフランディールはキリルの姿を探した。恋故の魔法だろうか、大勢の人の中からその姿をすぐ見つけることができた。今はちょうどセオルナードと話をしているところだ。こちらのことはちらりとも見ていない。
「気のせいではなくて? キリルがこちらを気にする理由がないわ」
 他の男性なら気に掛けることもあるかもしれないが、今フランディールが踊っている相手はキリルの従弟なのだ。
「随分と冷静ですね? 気にしてほしいのではないんですか?」
 ジュードの言葉に、フランディールは一瞬息を呑んだ。ステップの仕方も忘れて、ジュードの足を踏んでしまう。「あっ」と小さく声を零し、フランディールはすぐに体勢を立て直した。幸いにしてジュードのリードは見事なものだった。
「……おっしゃる意味がよく分かりませんわ?」
 にっこりとフランディールは武装する。今更この返答は意味をなさないかもしれないが、肯定などできない。
「好きなんでしょう? キリルのことが」
 耳元に唇を寄せて、ジュードが低く囁いた。かすめた吐息と、言葉にフランディールはかっと赤くなる。ちょうどそのときにダンスが終わらなければ、わざと強く足を踏みつけてやったくらいに。
「あなたは初対面のレディに対する礼儀がなっていないんじゃないかしら?」
 告げる声はいつもよりも低く冷たく、しかしフランディールは極上の微笑みを添えてジュードに切り返した。くるりと踵を返すフランディールのもとに幾人かの男性が視線を送ってくる。いつもとは違う相手とダンスしたせいで、もしかしたら自分もチャンスがあるのではと期待しているらしい。虫よけがほしいが、今はキリルの傍に戻りたくない。キリルの傍にはジュードがいる。
「姫」
 救いの手はすぐに差し伸べられた。ヒースが微笑みながら寄り添ってくる。
「喉が渇いたでしょう?」
 そう言いながら林檎酒を渡してくれて、フランディールも肩から力が抜けた。こうして婚約者候補の傍にいる限りは、余計な虫は寄ってこない。何よりヒースのやさしさが心地よかった。
「彼は、キリルの親戚ですか?」
 壁の傍へと歩み寄りながらヒースが問いかけてくるので、フランディールは「そうらしいわ」と答えた。
「似てますね」
 似てないわ、と即答しそうになったがフランディールはふと思い返す。自分勝手で無神経でデリカシーがない。
「……そうね、そっくりだわ!」
 腹立つくらいに!













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