金の姫と婚約者候補たち

第5章:嘘の恋も、いつかは本物になりますか?(3)







 ジュード・ロイスタニアは客人として王城での滞在が認められている。
 必然的に、会いたくないと思っても顔を合わせてしまうことはある。キリルに会いにいったとき、廊下を歩いていて偶然にすれ違ったり、など。

 今がまさにそうだ。
「姫、ご機嫌はいかがですか」
 詩作の授業を終え、自室に戻ろうかと歩いているところでジュードに捕まった。
「ごきげんよう、ジュード様。急ぎますのでお話はまたの機会に」
「どちらへ? ご一緒しても?」
 フランディールに用事などないことを見透かすようにジュードが問いかけてくる。鉄壁の笑顔でフランディールは答えた。
「これからカーネリア様とお茶をする予定ですの。女同士の気安いおしゃべりの邪魔はなさらないでくださいませ」
 兄の婚約者の名前を出すだけでも十分な牽制になる。すっぱりと切り捨ててフランディールはかつかつとヒールの音を鳴らしながら通り過ぎた。嘘をついたついでに、本当にカーネリアに会いに行こう。今は兄も公務の最中だから時間をもてあましているかもしれない。

 ――ジュードは嫌いだ。

 キリルと似ているのにまったく違うところも、ずかずかとこちらに踏み込んでこようとするところも、それでいてやさしさを滲ませるところも、なにもかもが気に食わない。何よりここ数日は彼にかまってばかりでキリルが捕まらないのも許せない。
「カーネリア様、今お時間よろしいかしら?」
 部屋でゆったりと読書をしていたカーネリアに声をかけると、赤い髪をふわりと揺らしてカーネリアは顔を上げた。
「フラン様、どうぞ。ちょうど退屈していたところで」
「何を読んでいらっしゃったの?」
「ハウゼンランドの国史です。周辺諸国のことも含めて、勉強不足なので」
 フランディールは顔を引きつらせる。国史。苦手分野だ。
「……カーネリア様は勉強家でいらっしゃいますね」
「いやだ、頭が固いんです。ルヴィリアでも勉強ばかりして可愛げがないと」
 ふふ、と笑いながらカーネリアは侍女にお茶の用意を命じる。凛とした佇まいは未来の王妃にふさわしい、とフランディールは兄の審美眼を褒め称えたいところだ。
「私は何もかも勉強不足でお恥ずかしい限りです。姫として恥ずかしくないように、とは思うのですけど」
 美しさは生まれ持ったもので、フランディールが努力して手に入れたものではない。淑やかさとは程遠く、剣を振り回してばかりいたし、刺繍も詩作も人並みだ。優秀な兄にも恥ずかしい。
「そう、ですね……ですが婚約者候補の方々を見ても、フラン様は今のままでよいと思いますけど」
「そうでしょうか」
「私は、王妃となる身です。だから学ぶべきことも多くありますし、もとより私はルヴィリアの国王を夫に迎える予定で、育てられましたから。ですが国王陛下は姫を王族に嫁がせるおつもりではないようですし」
 姫といっても、カーネリアとは育ち方が違う。
 まるで、愛されてさえいればいいのだと言われているようでもある。
「……国のためになる結婚をできれば、私はそれでいいんです」
 愛なんていらない。そこにあるのは結婚という名の契約でいい。恋も愛も、すべて置いていく。そういう覚悟でいるのに。
「フラン様?」
「私にできることなんて、それくらいですもの。それに、恋とか愛とか、疲れるしつらいだけだわ」
 カーネリアは微笑みながら、フランディールの手を握る。小さな白い手は冷たくなっていた。
「フラン様は恋をしているということかしら」
 ぎくり、とフランディールが身体を強張らせた。余計なことを言ってしまった、と焦りだす。こんなことを話すつもりはなかったのに。
「私も同じように思ってました。それゆえに婚約者を愛する努力もしなかった。初めて見つけた恋からも逃げようとした。そんな私を捕まえてくださったのは、あなたのお兄様ですよ」
 知っている。祖国のルヴィリアに帰ろうとしたカーネリアを追いかけた兄に同行したのもフランディールだ。うれしそうに笑うカーネリアがうらやましい。……うらやましいと、感じてしまう。
「捕まってよかったと、私は思うんです。こんなしあわせを今まで知りませんでしたから」
「ヒースに恋したときは、私もしあわせだったし楽しかったんです。何もかもがきらきらしていて」
 でも今は苦しい。忘れなければいけないと言い聞かせ続ける恋は、疲弊するばっかりだ。
「今のお相手はヒース様じゃないということね」
「あっ」
 また口が滑った。
「女同士で恋の話、というのもしたことがなかったんです。ねぇ、フラン様。こうなったらとことんお話しません?」
 にっこりと微笑むカーネリアの誘惑に心が揺れる。そういえば、フランディールも女同士でこんな話をしたことはなかった。
「フラン、で大丈夫です。カーネリア様」
「あら、では私も」
「いえ、その、お姉さまと呼んではダメでしょうか?」
 ゆくゆくはそう呼ぶことになるのだし。兄や兄代わりはいたが、姉のような存在は今まで一人もいなかったのだ。
「それは……ちょっと恥ずかしいのですけど」
 でも、まぁ、とお許しが出たのでフランディールはふふ、と笑みを零した。
 すっかり喉が渇いて紅茶を一口飲むと、コンコン、というノックと共に「カーネリア」と婚約者を呼ぶ兄の声が聞こえる。
「あら、セオル様」
 セオルナードはカーネリアと、楽しげに話をしている妹の姿に驚いたようだった。
「どうした、フラン」
「どうしたもなにも、ただお姉さまとお話していただけですけど」
「……お姉さま?」
「カーネリア様のことをお姉さまと呼ぶことにしたんです。そう遠くない未来にそうなりますし、ね」
 うふふ、とフランディールはうれしそうに笑うもので、セオルナードも異議を唱えるわけにはいかなかった。
「おふたりの邪魔をするわけにもまいりませんし、私はこれで」
「あ、フラン」
 まだ肝心なことを聞き出していないカーネリアは名残惜しそうだったが、これ以上口を滑らせる前にとフランディールは退散した。













copyright© 2014 hajime aoyagi.
designed by 天奇屋

inserted by FC2 system