金の姫と婚約者候補たち

第5章:嘘の恋も、いつかは本物になりますか?(5)







 どんな場所でも、女性というのは噂好きだ。
「フラン様のお相手、もしかしてこの間いらっしゃった方に決まるのかしら」
「なに言っているの。候補者でもない方じゃない。やっぱりヒース様で決まりでしょ」
「いやいや、年下だけどネイガスの王子様っていうのも王道じゃない?」
「あんたたちねぇ、小さい頃から一緒のキリル様に勝てると思ってるの?」
 好き勝手に盛り上がっては、さまざまな未来を予想して楽しんでいる。いつもならばフランディールもその様子にため息を零すのだが、今回ばかりは利用させてもらうことにした。

「ジュード様だっけ? 最近姫様と親しいのよねぇ」

 そんな些細な言葉は、瞬く間に広がっていく。
 それが、多くの女官や侍女のいるハウゼンランドの城ではお決まりだった。



 ふわりと揺れる金の髪を見つけたヴェルナーは、慌てたように「フラン!」と声をかけた。
「あら、ヴェル。こんにちは」
 フランディールは首を傾げながら挨拶をする。その仕草は相変わらず愛らしい。
「フラン、どこ行くの?」
「今から? ジュード様と庭園を散策しようって約束しているの。なにか私に用事でも」
「最近、よく会っているよね? なんで?」
 ヴェルナーは半ばフランディールを睨むように問いかけた。フランディールは淡く微笑みながら、口を開く。
「まだ、約束の時間まで少しあるわ。ヴェル、こっちに」
 誰が聞いているともわからない廊下でする会話ではない。フランディールはすぐに近くにあった倉庫へとヴェルナーを呼んだ。ここなら普段使われていないので、誰も寄ってこない。小さな頃はよくこういうところに隠れたものだ。
「どういうつもり、フラン」
 ヴェルナーもおおよそは予測しているのだろう。
「城の中ではもうすっかり有名だよ。姫は三人の婚約者候補ではなく、恋に落ちたジュード・ロイスタニアとの婚約を望むんじゃないかって」
「おしゃべりな侍女たちはすぐ噂を広めるものね」
 くすくすと笑いながらフランディールはヴェルナーの言葉を否定しなかった。もちろん、フランディール付きの侍女や女官は口が固いし、きちんと教育されているが、端々までその教育が行き届いているかと言われると難しい。
「フランは、キリルが好きなんだろう?」
 なのにどうして。
 フランディールよりもずっと苦しげに問うヴェルナーに、胸がきゅっと小さく悲鳴を上げた。
「好きでも叶わない恋でしょう?」
「そんなのわからない」
「簡単には忘れられない。私は今でもキリルが好きだけど」
「なら、どうして」
「キリルに、私の気持ちを知られたら、ううん、キリルじゃない、たとえば今のこの状況のように、侍女や女官にまで隠し通せる自信がなかったの」
 想いはどうやっても溢れる。じきに、城仕えの者たちは気づくかもしれない。以前のようにキリルに無邪気に触れあえずにいるフランディールのことを。彼を目で追いかけていることを。
「それは、キリルの望むことじゃない。そうしたら彼から持ちかけてきたのよ、私と彼が恋仲なんじゃないかって、そう思わせるために。どうせ私は、国益のために結婚しようと思っていたし、ちょうど良かったの」
 偽りの恋でも、わずかながらに心は満たされる。
 キリルに似た人の隣にいることで、恋人のようなふりをして、甘い言葉を囁かれて。
「そんなの、あいつじゃなくてもいいだろ?」 
 ヴェルナーの声が震えていた。
「国益のためっていうなら、キリルが駄目だっていうなら、別にあいつじゃなくたっていいじゃないか」
 じり、とヴェルナーが距離を詰めて、フランディールの腕をとる。
「俺は、フランを泣かせたりしない。不安にもさせない」
 やさしいヴェルナーの眼差しが、フランディールの胸に刺さる。
「偽りでもまやかしでもいいっていうなら、俺を選んでよ」
 焦がれているとはっきりと声に出ている。弱々しく伸びてきたヴェルナーの腕は、すぐにでも逃げ出せそうなほどにやさしく、フランディールを抱きしめた。
「そうね、誰でもよかったの」
 ヴェルナーに抱きしめられたまま、フランディールはぽつりと呟く。
 だって誰でも一緒なのだ。キリルでないのなら。たまたまジュードが最初に手を差し伸べ、こちらを誘っただけのこと。
「でも、ヴェルは駄目」
 フランディールがヴェルナーの胸を押すと、簡単にヴェルナーは拘束をゆるめる。
「どうして」
 苦しげなヴェルナーの瞳を見つめ返しながら、フランディールは微笑んだ。
「だって、ヴェルは私のこと好きでいてくれるから」
 気づいていなかったわけではない。
 フランディールも恋をして、他の人の恋心にも敏感になった。
「私はヴェルを友達以上に想えないから、それなのにそんな役回りをさせるのは、無理だよ」
 ヴェルナーにその役を任せてしまえば、そう遠くない未来にフランディールは彼を傷つけてしまう。たとえこの一瞬、ヴェルナーが傷ついても、その傷が浅いを思えるくらいに深い傷をつけてしまう。
「あいつならいいのに?」
 うん、とフランディールは答える。
「あの人はね、私に恋をしてないし、きっと、これからもしないから」

 だから、それでいい。
 想いを寄せてくれる相手に寄りかかるのは、きっとフランディールもその相手も辛くなる。けれど、ジュードはその対象に含まれない。
 彼の目を見ればわかる。キリルに似ているからこそ、よけいにはっきりと。

 彼は、フランディールに恋してない。













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