金の姫と婚約者候補たち

第6章:私の王子様はどこですか?(1)








 数名の騎士を連れて、キリルはアヴィランテへと旅立った。留学というほど本格的なものでもないが、かなり長期間に渡る他国訪問になることは間違いない。


「……よかったんですか?」
 もはや見えなくなった馬車が消えた先を見つめたまま一言も発さない姫に声をかける。姫は涙をたたえるわけでもなく、ただ遠くを、見つめている。その先へ旅立った人を思い出すように。
「――何の、話?」
 姫はこちらを見上げて、首を傾げる。なんでもない風を装っているのかもしれないが、失敗している。いつも完璧だった姫の笑顔が崩れてきたのは、ここ最近のことだ。
「彼を行かせて」
 それだけではないが、今はこれを聞くのが最善だろう。すると姫は「そんな」と笑う。
「私が何を言ってもやめるような人じゃないでしょ」
「姫が本当に望めば、キリルは行きませんよ」
「……それは、ヒースの勘違いだわ」
 今度こそ刺されたような表情で、姫は俯いた。キリルと姫の間に、何かがあったのだろうということは誰もが気づいていることだが、どちらも頑なに口を割らない。

 まったく、不器用な人たちだな。

 以前に抱いた印象は、ずっと変わらないままだ。





 国王陛下から内密に『婚約者候補』の話がやってきたときに、ヒースは断るつもりなどなかった。それはもちろん、言葉のとおりに姫の婚約者になりたいと思ったからなどではない。ヒースにとってフランディールをはじめ王族は護るべき存在であり、決して添い遂げる相手ではない。
 陛下は「断ってもいいんだぞ」と苦笑していたが、ヒースには命令であれお願いであれ、陛下からの申し出を断るなんて選択肢はなかった。
 自分に与えられた役割は、婚約者候補という名の護衛だ。そしてフランディールが自分を見つめてくる眼差しの変化を感じ取ってからは、もうひとつ役割が増えたな、と苦笑した。
 ――光栄な、姫君の初恋の君。決して叶わぬ恋の相手。憧れの人。

「すきよ、すき、なの」

 今にも泣き出しそうな顔で思いを告げてくるフランディールを見て、心が痛まなかったわけではない。けれどヒースのなかで考えが覆ることはなかった。
 見ていれば、わかる。
 フランディールが、誰の傍でいちばん自然に呼吸しているか。誰をいちばんに頼りにしているか。誰を、いちばんに考えているか。
 本人は気づいていなかったのだろう。けれど話していれば彼のことが話題に上るし、彼の姿を見つけると考える間もなく名を呼んでいた。
 フランディールの告白を拒んだ後に、キリルに腹部を殴られたときも驚きはあったが、すぐに察した。彼は怒っているのだと、姫を泣かせた自分に。大事な人を傷つけた男に。
「泣かせんな。あいつの気持ちを、おまえが決めるな」
 普段からは想像もできないほどに低いキリルの声に、思ったのだ。
 どうしてこのふたりはこんなに不器用なんだ、と。
 こんな茶番、本当は必要なかったんじゃないのか。振り回される周囲の身にもなってほしい。

「覚えていてね、ヒース」

 挑戦的に微笑むフランディールに、ヒースは驚いた。昨日傷つけた男に向かって、どうしてこんな風に笑えるんだろうと。目元は赤くなっているのがわかるくらいに、涙の名残があるのに。
「北に金の姫在りといわれるこの私を振ったのよ? あとで後悔しても知らないから」
 ああ、負けた。
 艶やかに笑うフランディールを見て、ヒースは純粋にそう思った。フランディールはそう宣言すると、こちらの顔も見ずに去っていく。きらりと陽光を弾いた髪が一瞬だけ銀色に光った。
 フランディールは切り捨てるために、わざわざ宣言したのだ。もうヒースになびくことはない。あとで惜しんで見せろ、それだけの女になるから、と。
 強く気高くうつくしい、ハウゼンランドのお姫様。
 仕えるのにふさわしいと、ヒースは心の底から喜んだ。剣となり盾となろう。そして彼女を支えよう。うつくしい彼女にふさわしい伴侶を見るけるまで。伴侶となるべき存在に気づくまで。

 それなのに。




 キリルがハウゼンランドを発ったあとも、フランディールはジュードと頻繁に逢瀬を交わしていた。
 黒い髪、浅黒い肌、常に微笑みを浮かべている一見すると好青年。
 キリルの従兄弟ということだけあって外見は似ているかもしれないが、その内面は似ているとはヒースはとても思えなかった。
「……どう思う?」
 ヒースが回廊から二人を見ていると、ヴェルナーが話しかけてきた。
「どう、とは」
「フランはこのままあいつと結婚するつもりみたいだよ。お互い愛なんてないけど、それが都合がいいからって」
 確かにジュード・ロイスタニアとの結婚はハウゼンランドとネイガス、さらにはアヴィランテ帝国の繋がりを強めることができるだろう。条件としては決して悪くはない。
「けれどその利点は、すべてキリルも同じことだと思いますが」
 バウアー公爵家が王家から受けている寵愛の深さは周知の事実である。反発もあるだろうが、バウアー公爵がアヴィランテとの協力な繋がりでああるのもまた事実。それに現公爵の妹君がジュードの母君なのだから、利点だけで決めるのならばキリルでも問題ない。
「フランって頑固だからなぁ……」
「それはキリルもでしょう」
 まぁね、とヴェルナーは苦笑して、はぁ、と重いため息を吐き出した。視線はフランディールとジュードに注がれたままだ。
「……大きなお世話でしょうけど、あなたはいいんですか」
「いいもなにも、この間きっぱり振られたよ」
 僕じゃ、偽物の恋のお相手にもなれないみたいだよ。自嘲気味に呟いて、それでもヴェルナーの表情はすっきりしている。
「キリルともなんかあったみたいなんだけど、なにも言ってくれないんだよね。いつもは相談してくれたんだけど」
「すっかり相談役でしたからね」
「まぁね。そこは譲らないよ」
 ヴェルナーはにやりと笑い、そしてまた目線を外の二人へ戻した。にこにこと微笑みあうお似合いの恋人同士に見えなくもない。けれどヴェルナーやヒースの目には違和感しか感じなかった。
「……馬鹿にしてると思わない? 人のこと振っておいて、自分の恋も実らせないままなんて」
「そうですね。泣かせるなと殴っておいて自分は泣かせて逃げた野郎には腹立たしいものがありますね」
 ヒースをヴェルナーは目を合わせると、何かを企むようににやりと笑った。














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