金の姫と婚約者候補たち

第1章:恋ってどんなものですか?(3)







 もうまもなく目的地、といったときだった。

「とまれ!」

 鋭い声とともに、覆面の男たちが数名、立ちふさがる。ヴァルナーの乗る馬車も、そしてヒースやキリルの馬も急停止する。
「何者だ」
 ひやりとした声に、フランディールはびくりと震えた。やさしい一面しか見ていないヒースの、低い声だ。
「フランディール姫をこちらに渡せ」
「聞こえないのか。何者かと聞いている」
 後方にいた護衛の騎士からも緊張感が漂う。キリルが右腕でフランディールの腰を抱きしめた。左手はすでに剣を握っている。その様子から、今がどれだけ異常事態かを教えられている気がした。こんなにキリルから張り詰めた空気を感じたことは未だかつてない。彼はいつも、明るく笑っている人だから。
「抵抗すれば、ただではすまない。わかっているだろう?」
 にやりと笑った覆面の男の台詞を合図に、隠れ潜んでいた仲間たちが現れた。いつのまに、とフランディールが息を呑む。ぐるりと男たちに囲まれていた。こちらは騎士が数名に、ヒースとキリルがいるだけだ。ヴェルナーは戦力として数えられないだろう。まして戦うこともできないフランディールや侍女たちもいる。
「……わ、」
「フラン。何も言わなくていい」
 私が行けばいいのでしょう。そう言おうと口を開くが、耳元でキリルに囁かれてフランディールは黙る。どうして、とキリルを見上げると、彼はわずかに微笑んだ。
「ただでは、か。舐められたものだな」
 ヒースが低く笑った。どうしてそんなに余裕なの、とフランディールはただただ不安になるだけだ。キリルだって、どうして邪魔するの? 倍以上いる敵に、どうするというのか。
 ヒースはするりと馬から下りた。そして剣を抜く。合わせるようにキリルも馬から下りて、フランディールもおろした。覆面の男たちはまだ動かない。
「キリル、どうするつもり?」
 小さく問うと、キリルは人差し指をたてて「しぃー」と笑う。そして馬車の扉を開けると、フランディールをその中へ押し込めた。
「ヴェルナー。いざというときは戦えるな?」
 ぽいっと投げ込まれたのは護身用の短剣だった。それを受け取ったヴェルナーは真面目な顔で頷く。
「……もちろん」
「まぁ起きないだろうけど。そのときはフランと自分を守れ」
 そしてキリルはフランディールの頭をくしゃりと撫でた。
「フラン。いいか。目をつぶって、耳を塞いでいろ。すぐにすむ」
「すぐにすむって……キリル!」
 ばたん、と扉が閉められる。ヒースの声で馬車の護りを、という指示が聞こえた。ただでさえ人数が少ないというのに、馬車を――フランディールを護るために人を割くというのか。
 一瞬ののち、外からぎゃああ、という叫びが聞こえた。びくりと身体を震わせたフランディールの耳を、ヴェルナーの手が塞ぐ。
「ヴェル……」
 ふわりとヴェルナーは微笑んだ。何も聞かなくていいよ、とフランディールを甘やかす声が聞こえる。
 恐怖だろうか、安堵だろうか、それとも別の感情だろうか。フランディールの青い瞳から、涙が零れる。ヴェルナーはフランディールの顔を見て困ったように眉を寄せて、そしてゆるゆると抱き寄せた。まだ細い少年の腕が、フランディールを護るように包み込む。
「だいじょうぶだよ」
 やさしいヴェルナーの声が耳をくすぐる。フランディールの背中をあやすようにヴェルナーが撫でる。年下なのに、とフランディールは思った。こういうときに頼りになるなんて、やっぱり男の子だからかしら、と。
 フランディールが落ち着いた頃、がちゃりと馬車の扉が開く。身を縮めたのは一瞬、扉を開けたのはヒースだった。

「姫、もう大丈夫ですよ」

 微笑むその姿は、フランディールが知るいつものヒースだ。多少汚れが目立つものの、怪我はないようだった。
「もう、終わったの?」
 それほど時間は経っていない。あれだけの人数を、とフランディールは驚いた。
「ええ、数名に逃げられましたが。捕縛したものは騎士団へ引き渡します」
「そう……」
 ありがとう、と言うべきなのか、お疲れ様というべきなのか悩ましかった。ここまで生々しい『戦い』に触れたのは初めてだ。
「私は騎士団へ引き渡すまでここに残りますので、姫は先に進んでください。城のほうが安全です」
「……ヒース一人で残るの?」
「ええ」
「危険だわ。それならこのまま全員で残っていたほうが……」
 数名取り逃がしたというのなら、なおさらだ。また戻ってくるかもしれない。そのときにヒース一人では危険すぎる。
「賊の目的は姫です。なので、姫には早く安全な場所へ避難していただかないと」
 確かに覆面の男たちはフランディールを渡せ、と言ってきた。狙われる理由など知りたくもないが、フランディールが姫であり、評判の容姿をもっている以上心当たりは山ほどある。
「それなら、騎士を何名か残していくわ。もう城はすぐそこだもの」
「姫の安全が最優先です」
 きっぱりと言い放たれ、フランディールもすぐに言い返したくなるのをぐっとこらえる。ヒースは意外と頑固らしい。
「ヒー、」
「はいはいはい。めんどくせぇ言い合いはそこまで。時間の無駄だろうが」
 呆れたキリルが割って入る。
「フランの言うとおりヒース一人残すわけにはいかない。あんたの腕は買うけどな。護衛を二人、残していく。フランはこのまま馬車で向かうぞ。残りの護衛、それと俺がついていく。いいな」
 有無を言わせぬ口調で、フランディールは異論もないので頷いた。ヒースはため息を零し、小さく「わかりました」と答えた。











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