金の姫と婚約者候補たち

第6章:私の王子様はどこですか?(2)








 偽りの恋を選びながら、その身を燃える思いで焦がしている。

 噂の金の姫の目が追いかける先にいたのは、自分の従兄だった。姫にとっても従兄にあたる彼は、同時に姫の幼なじみでもある。よくある幼なじみから発展した恋か、と思ったが、どうやら違うらしい。
 何も考えずにただ愛していると告げれば済むものを、このふたりはどうして口に出さないのか。告げることそのものが罪だとでも言いたげに。
「巷では随分と情熱的な噂が流れているそうですよ」
 ――金の姫はジュード・ロイスタニアと恋をしている、と。
 人目につきやすい場所でばかり逢瀬を交わしているが、今日は室内でお茶だ。そろそろハウゼンランドの寒い冬がやってくる。
「あら、そうなんですか」
 さほど興味もなさそうにフランディールは答えた。
 従兄がアヴィランテへ行ってからというもの、彼女は心ここにあらずといった風である。少し前の、挑むような鋭い目つきのほうが魅力的だったな、と思う。これでは陸に上がった魚のようなものだ。死を待つだけ。まさしく、彼女は自分の恋の死を待ち続けている。
「訂正しなくていいんですか、私が恋している人は別の人です、と」
 意地悪な質問をしても、フランディールはふ、と笑うだけだ。
「訂正してどうするんです? 私の恋のお相手はあなたではないの?」
 偽物の、と頭につくけれど。フランディールはそんな言葉を滲ませる。
 もう季節は冬になる。春になれば、フランディールも決断を下さなければいけなくなるだろう。婚約者候補という茶番が始まって、もう随分時が過ぎた。
「俺が好きだというのなら、態度で示してほしいですね?」
 金色の髪をすくい上げ、毛先に口づける。フランディールはそんな甘い仕草にも動じない。青い瞳はわずかにも揺れず、ただジュードを見ていた。
 人形みたいだ、とジュードは思う。
 そのまま髪を指に絡ませて、空いたもう一方の手でフランディールの頬を撫でた。どこを見つめているのかもわからない青い瞳が、近づいたジュードの顔を見て固まる。唇に吐息がかかるほどの近い距離に、目を見開いた。
 パンッ、とフランディールの手が振り下ろされる。
 左頬をひっぱたかれたジュードはくつくつと笑いながら仁王立ちになったフランディールを見上げた。
 怒りで頬を赤く染め、青い瞳には力が宿っている。
「偽りだろうがなんだろうが、俺と結婚するつもりならキスくらいさせてくれてもいいと思うんですけど」
「ふざけないで!」
「ふざける? 夫婦になればそれ以上のこともするのに?」
 意地悪に指摘すると、フランディールはびくりと肩を震わせた。気づいていなかったわけではないのだろう。
「嫌だというのなら、初めからこの手をとるべきじゃなかったんですよ」
 冷めた紅茶を口に含むと、ぴりっと少し沁みる。頬を張られたときに口の中を切っていたらしい。容赦のないお姫様だな、と笑う。
「……提案してきたあなたが言うの?」
「もっと馬鹿だったらしあわせだったんでしょうけどね。俺に愛されていると感じて、自分を慰めることができた。けれど姫は賢すぎる」
 特別なただ一人に愛されなくても、誰かに愛されるだけで満たされることもある。それが錯覚でもだ。だからジュードは手を差し伸べた。愛してもいない姫に、愛していると嘘をついて。そのまま丸ごと嘘の恋にしてしまおうと。
「……私がどんなに世間知らずな姫であっても、あなたが私のことをちっとも隙じゃないってことくらいはすぐにわかるわ」
 それでも話に乗った、というのか。
 それはそれで愚かだな、とジュードは笑む。
「愛のない結婚が出来るほど、姫は器用ではないと思いますけど」
「っ」
 フランディールが顔を赤く染めながら言葉に詰まる。
「キスも出来ないような相手とは結婚の宣誓はできませんよ」
 教会で愛の言葉を誓うのに、ひっぱたかれるのは堪らない。くつくつと笑うジュードを、フランディールはキッと睨んだ。
「……あなた、私にどうしてほしいの?」
 的を射たフランディールの問いに、ジュードは目を細める。

「俺は、意外と博愛主義ですよ?」

 さて、たった一人のお姫様と公爵家のご子息は結ばれる運命にあったのか?
 そんなことを気にしているあたりで愚かだ。
 欲しいものは欲しいと叫べばいい。
 愛されたお姫様の願いを叶えようとしない人間なんて、いないのだから。


 ジュードがすべて包み隠さずに告げるとフランディールは大きな目をさらに大きく見開いて言葉を失っていた。

「……なに、言ってるの」

 呆然と、思わず呟いたといった風の声だった。
「ここ数ヶ月でこちらもハウゼンランドの内情はだいぶ詳しくなりましたよ。姫やキリルの言う、『できない』理由もなんとなくわかります」
 だがそれは、とても表面的な問題でしかないように思える。
「たった一人の姫の嫁ぎ先といえば確かに注目の的でしょうね。しかもあなたは金の姫ときている。ハウゼンランドのどの貴族でも喉から手がでるほどほしいと思っているでしょう」
 足踏みをしているの本人たちだけだ。相手を想って、想うあまりに道を踏み外している。
「国益にも繋がる婚姻。けれどそう願うのなら、本来キリル以上の人間はいないはずだ」
 ――だってそうだろう?
「ネイガスに叔母がいて、アヴィランテには伯父がいる。そして未来は剣聖の地位も望める王の右腕になるでしょう。バウアー家は昔こそ弱小貴族かもしれませんが、今は立派な公爵家だ」
 全部言わなきゃわからないのかこの女は、とため息を吐き出して続けた。

「この王国に、他国の繋がりを強め、姫が降嫁するに相応しい地位の高い、将来を約束された男がいますか?」

 さきほど告げたことをより砕いて告げると、フランディールの瞳は揺れていた。でも、と小さく呟く。
 ジュードが告げたことを、フランディールも理解していないわけではないのだろう。そしてきっと、キリルも分かっている。ジュードはため息を吐き出してさらに追撃した。
「他の公爵家、侯爵家にあなたのお相手になるような年頃の男性はいない。伯爵家には何人か候補がいそうですが姫の降嫁先としては少し難しいですね。他国の王家ならば何人も心当たりがありますが……南国の強国と強い繋がりの持つハウゼンランドが、近隣国と新たな繋がりを持つのは避けた方がいい」
 遠い地の同盟国を得た上に、近隣国との繋がりも強化する。それは、他国から見るとどんどん力を付けていこうと策略しているようにも見える。ただでさえ名が知られるようになったハウゼンランドがこれ以上頭角を現すのは得策ではない。その点、兄のセオルナードの婚約者は島国ルヴィリアの姫。ルヴィリアはハウゼンランド同様、いやそれ以上の小さな国であることからしても問題視はされていない。

「俺としては、どう考えてもあなたはキリルと結婚するべきだと思いますが?」

 ゆれる。
 フランディールの青い瞳が、恋しいと叫ぶように揺れている。
「キリルはアヴィラで学んできたことをさらにこの国に活かすでしょう。彼が得てきたものも無駄にはならない。あいつの力になります。それにまぁ、俺も微力ながら協力できるでしょうから」
「……あなたが?」
 訝しげに問うフランディールに、ジュードはもちろんですよ、笑う。


「俺は、未来のアヴィランテの皇帝ですよ?」

 アヴィランテへと行って、向こうのお姫様と結ばれてね、告げると今度こそフランディールは言葉を失った。














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