金の姫と婚約者候補たち

第6章:私の王子様はどこですか?(3)







 フランディールは、僕の知るなかでもっともお姫様らしくないお姫様だ。小さい頃からセオルナード殿下のあとを追いかけて、キリルと一緒になってイタズラをして。剣の稽古を一緒にやろうなんて誘われたときはさすがに眩暈がした。規格外すぎる。
 それでも彼女は『女の子』だった。
 着飾れば誰もが目を奪われるほどにかわいくて、綺麗で。
 恋を知った途端にさらにかわいくなった。そんなにかわいくなってどうするんだよ、と悩ましいくらいに。
 ヒースに熱を上げているときは年相応の、いや少し幼いくらいのまっすぐさで恋に恋していた。
 ――そう、僕は知っていた。
 フランディールのヒースへの恋が憧れだって。
 ヒースは大人の男で、しかも系統としてはセオルナード殿下寄り。お兄さまとけっこんするの! なんて言っていた頃のフランディールを知っている身としてはそりゃあ本気の恋だなんて認識には至らない。たぶん、キリルだって気づいていた。
 だからこそ、

「姫は私に恋をしているんじゃない。ただ、恋に憧れているだけだ」
「……そうだとしても、それを本人に言う必要はないだろ」

 ヒースの言葉を彼は否定しなかったんだろう。
 けれど、そうだと知っていても、キリルは見守っていた。フランディールの初恋がしあわせなものであるように。いつか思い返したときにきらきらと輝くすばらしい思い出であるように、願っているかのように。
 今までになく怒りを露わにしているキリルに、僕は気づいてしまった。 キリルにとって一番大事な女の子はフランディールなんだって。誰よりも何よりも大事にしたいのは、あのフランディールなんだって。

 早くフランディールも気づけばいい。自分の想いに。キリルの想いに。
 そう願っていた。自分の恋が叶わなくてもよかった。

 間違っても、うさんくさいあんなぽっと出の男にやるために諦めたんじゃない。

「俺は、フランを泣かせたりしない。不安にもさせない。偽りでもまやかしでもいいっていうなら、俺を選んでよ」

 けれど彼女は駄目だと笑う。いつも使っている『僕』じゃなくて『俺』になっていたことに、フランディールは気づいていたんだろうか。彼女はときどき妙に聡くて、普段はてんで鈍いからわからない。
 好きだから、偽りの恋の相手なんてさせられない――なんて。本当に好きな人としあわせになってくれるなら、こっちだって諦めがつくのに、好きでもない男と利害の一致だけで結婚なんてふざけてる。どちらにも愛がないなんて。

 こうなったら意地でもしあわせになってもらおう、なんてこっちが気持ちを固めている頃になって。



「ああ、よかった。姫を連れて行ってもらえませんか?」
 にこやかな腹黒男が、フランディールから距離を取り始めた。
「あなたが言い出したくせに突然手のひらを返すってどういうことよ!」
 フランディールは不服そうに文句を言っているが、彼は気にかけた様子もない。なんて男だ。
「……どういうこと?」
「こっちとしてはあいつの嫉妬心に火をつけてさっさとくっついてもらおうと思ったのに、むしろこじれるなんて面倒な人たちですよね」
 ジュードははぁ、と溜息をわざとらしく吐き出す。ええと、と呟きながらヴェルナーは頭の中で素早く情報を整理した。つまりなんだ、ジュードはキリルとフランディールをくっつけようとしてあんな茶番を演じていたとでもいうのか。
「なんだってまた……」
 頭が痛くなってくる。ヴェルナーはこめかみを押さえながら低く呟いた。
「そうですね、別々に動いても非効率ですし、共同戦線としますか?」
 余裕ぶって笑うその顔は、キリルに似ていてヴェルナーはよけいに腹が立った。


 むすっとした顔のフランディールをなだめて、侍女にヒースを呼んできてもらう。驚いたり怒ったりフランディールは忙しそうだが、ここ数日の生気のない顔よりはずっといい。ヒースはそう待たずに駆けつけてきて――なんとも奇妙なお茶会が始まった。
「正直に言うと、キリルと姫にはくっついてもらわないと困るんですよ」
 しれっとした顔でジュードが話し始めた。フランディールはもう聞いたのだろう。口をはさむ様子もなく、ただ黙って紅茶を飲んでいる。
「アヴィランテから姫の相手にと打診がきたのは俺とキリルの二人です。もともとキリルはたった一人の跡継ぎなので有力な候補ではないんでしょうけど。けどまぁ皇帝陛下からしてみれば、どちらでもいいだろうし跡継ぎ云々なんて関係ないでしょう? だからあいつにいつまでもふらふらされていると困るんです」
「……そんなにアヴィラに行きたい理由は?」
「無粋でしょう?」
 にっこり。それは語らないと告げずともわかる表情でジュードは切り捨てる。まぁ大国の皇帝陛下の座なんて、そうそう手に入るものじゃない。それが目の前にぶら下がっていると思えば無理もないのだろうか。
「どう考えたって、姫の相手はキリルがふさわしいと何度も言っているのに」
「本人の意思はどうなるのよ」
 少し頬を赤く染めたフランディールが割って入った。けれどキリルがふさわしいというその言葉に喜んでいるのは、顔を見ればわかる。そういう顔見せられるとちょっときついなぁ、なんてヴェルナーは少し他人事のように自分のことを観察した。
「そんなもの関係ない結婚をしようとしていた人の発言とは思えませんね?」
「う」
「それは言い返せませんね」
 くすくすと笑いながらヒースが口を開いた。
 でも、とフランディールが俯きながら小さく呟いた。少し不安を滲ませた声に、思わず心配になるのは――もう昔からの癖なんだろうな、と自嘲気味に思う。
「キリルはそういうつもりないんだから、どうしようもないじゃない」
 フランディールの頑なさも問題だが、キリルはそれのさらに上を行く。どうしてそこまで頑固なのかと思うくらいには。
 好きで好きで、しあわせを願っているのなら。どうして自分で名乗りを上げない。キリルだってハウゼンランドの国内情勢は理解しているはずだ。婚約者候補に挙がったヒースやヴェルナーでも、問題は起きないだろう。他国との結婚になるとしても、ネイガスは既に縁続きの国だ。ヒースにいたっては身分差が生まれるが――それは現国王と王妃の前例を考えれば覆せなくもない。
 しかし、ヒースがフランディールを愛することはないだろうし、フランディールがヴェルナーの手をとることもない。
「キリルは普段能天気そうなのに、内心ではいろいろ考えて考えすぎて身動き取れなくなっているだけの馬鹿ですよ」
 随分とひどい扱いだが、まさしくそうだ、とヴェルナーもヒースも笑った。フランディールだけがなんとも言えない表情で言葉を飲み込んでいる。
「ああいう馬鹿は、逃げ道をなくしてさっさと掴まえるのが一番です」
「……どうやって?」
 フランディールが問うと、ジュードは意地悪げに笑った。
「あいつがどう足掻いても目を逸らせないものを教えてあげましょうか」
 そんなものあるの、と言いたげなフランディールの青い瞳を見返しながら、ジュードが指をさす。

「姫、あなたですよ」

「……え?」
「え、じゃないでしょう。あいつがどうしてあんなに考えてがんじがらめになっていると思っているんですか。全部あなたが大切で、あなたが好きだからでしょう。あなたがしあわせであるのなら、自分のものにならなくてもいいと――いや、自分のものになるべきじゃないと思っている」
 だから簡単ですよ、とジュードが続ける。

「キリルと結ばれないのならしあわせになれないと思わせればいいんです」

 あいつはあなたを不幸にはできないんだから。
 フランディールはジュードの言葉に目を丸くして、そして「そんなまさか」と小さく呟いた。しかしジュードは自信満々に笑う。
「あいつが向こうへ行ってもう一ヶ月以上になります。文を出しておいてくださいね。姫の婚約者披露のパーティーがあると。そうですね、だいたい二ヶ月後くらいに」

 二ヶ月後――それは、ハウゼンランドの長い冬の終わるころだった












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