金の姫と婚約者候補たち

第2章:失恋って苦しいものですか?(4)







「キリルとは親しいの?」
 受け取ったままの剣を握って、フランディールが問いかけると、ヒースが振り返る。
「それほどでも。彼は騎士団の誰とでも親しくしてますが、特に親しいという人間は作っていないようだったので」
「ふぅん? それで、ヒース。稽古に付き合ってくださる?」
 剣を握りなおすと、ヒースがじっとフランディールを見下ろした。
「何か?」
 おかしな構えでもしているだろうか、とフランディールは首を傾げた。騎士であった母から基本を学んでいるので、変なところはない、と思うのだが。
「いえ、重くないですか?」
 何のことだろうとフランディールはヒースの視線の先を辿り、自分の握っている剣だと気づく。稽古用なので刃は潰してある。
「重くないかと聞かれたら重いけれど、それで音を上げていたら稽古にならないでしょう」
 至極当然のことのようにフランディールははっきりと言うので、ヒースは驚いた。金の姫と呼ばれ、蝶よ花よと育てられたのではと勝手に思っていたのだが、フランディールは蝶や花ほどふんわりとしていない。芯のしっかり通った少女だ。
「では、簡単に打ち合いでもしてみますか?」
「ええ!」
 嬉しそうなフランディールに、思わずくすりと笑みを零して、ヒースは稽古に付き合うことにした。





 部屋に戻ると、ドレスを汚してきたフランディールを見て、侍女たちが悲鳴を上げる。
「まぁ姫様! どうなさったのですかその格好は!」
「急いで湯浴みの準備を!」
 慌ててフランディールを磨き飾り立てようとする侍女たちに苦笑しながら、フランディールは冷たいレモン水を飲む。ヒースはさすがというべきか、フランディールに合わせて加減してくれたので、適度に運動していい汗をかいた。
「まったく、どうしてこんなに汚れているんです?」
「ヒースと剣の稽古をしていたの」
 姫は基本がしっかりしていますね、なんて褒められたりして、フランディールとしてはとても気分がいい。しかし年かさの侍女は「まぁ」と眉を顰めた。
「姫様、剣の稽古はほどほどになさいませ。ましてウェルキル様となんて。殿方はか弱く繊細な女性を好むものですもの。剣を振り回しているなんて、どう思われるか……」
 ごくりと飲み込んだレモン水が、やけに冷たい。
「え、でも、ヒースは騎士団の一員だし……」
「騎士団なればなおさらでしょう。騎士は王族を守るものですもの」
「ああ、騎士になる方って剣を捧げる主を探していらっしゃったりしますものね。男の子なんかはお姫様を守る騎士になるんだー! ってよく言ってます」
 苦い顔をしている侍女の隣で、若い侍女は「なつかしいですねぇ」なんて笑う。
 フランディールにはよくわからない。だって母は強い騎士だった。女性が剣を握ることはそんなに変なことだろうか? 男性は嫌がるものなのだろうか?
 考え込むフランディールを無理やり湯殿へ放り込み、髪を洗って香油を塗り、うつくしい姫君に仕上げると侍女たちは満足げだ。フランディールは磨けば磨くほどうつくしくなる。本人が容姿に頓着しないからなおさら磨きがいもあるというものだ。

「……少し、散歩がしたいのだけど」

 ぼんやりしていたら、すっかり夜だ。晩餐までには時間がある。
「まぁ、姫様。おひとりでは危のうございます」
「庭を少し歩くだけ」
 だいじょうぶ、と念を押しても渋られたので、ならばキリルでも呼んできてくれ、と頼む。この時間なら部屋にいるだろう。こういうときにフランディールがわがままを言っても、幼馴染は何も言わずとも察してくれるので楽だ。
 しかし、侍女が連れてきたのはキリルではなかった。

「では姫、参りましょうか」

 エスコートする様も完璧な、フランディールにとっては、今あまり会いたくなかった人。ヒースだ。
 女の子が剣を振り回すなんて、ヒースはどう思ったのだろう。口では褒めてくれたけれど、内心でははしたないと思われたのだろうか。ぐるぐると悩んで苦しくて、だから気分転換に散歩にでも行こうと思ったのに。
 その原因の人と一緒に散歩してどうする!


 ゆっくりと歩くフランディールに合わせて、ヒースもとてもゆっくり隣を歩く。触れそうで触れない腕のぬくもりに緊張してしまうし、先ほどの悩みが頭の中で渦巻いている。ふたりきりの状況を喜べばいいのかどうかもわからない。混乱で頭が爆発してしまいそうだ。
「あ、あの、ヒースは女性が剣を握ることはいやかしら?」
 何か話題をと慌てたせいで、今まさに気になっていることを口走ってしまった。フランディールは言ってからしまったと青ざめる。
「どうしたんですか、突然」
「いえ、その、やっぱりあまりよく思われないでしょう? はしたないとか、思わない?」
「思いませんよ。人それぞれ、興味のあることは違いますし。女性でも自分の身を守れるようになるのはよいことだと思います」
 ちらりとヒースを見ると、嘘をついているようには見えない。
「ほ、ほんとうに?」
「本当ですよ」
 フランディールが心配そうに見上げてきたからだろうか、ヒースはくすりと笑った。穏やかな微笑みに、フランディールの心臓はどくんと鳴る。

 ――ああ、もう本当に、これじゃあ恋する乙女そのものだわ!

「心配されなくとも、キリルやヴェルナー殿も姫が剣を握ることを嫌悪することはないでしょう。一般的な男性はどうかわかりませんが、ハウゼンランドの男は大らかですし、王妃様のことも皆存じておりますから」
 的外れなヒースの言葉に、浮かれていた心が一瞬にして沈んでいく。その言葉は、フランディールのことなどまるで意識していないと突きつけられているようだった。
 他の男のことなんてどうでもいいのだ。ヒースが、どう思うかだけで。だってフランディールが恋しているのは、ヒースなのだから。
 けれどそれは、彼には伝わっていない。当然だ。伝えていないのだから。
 ぴたりと、フランディールが歩みを止める。
「姫?」
 俯いたフランディールを不思議そうにヒースが見つめた。
 フランディールは拳を握り締める。

 ――ヒースは、フランディールの婚約者になりたくて、候補になったのではない。そんなこと、知っている。彼はただ、騎士として己にできることを引き受けただけだ。
 だからフランディールに、恋愛感情など、抱いていない。
 わかっていても好きになってしまった。

「ヒース」
 顔を上げ、フランディールの青い瞳がヒースを見上げる。月がフランディールの緊張した顔を照らし出していた。金の髪が、わずかに銀色に輝く。

「私は、あなたが好きよ」














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