太陽の消えた国、君の額の赤い花

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番外「太陽と月の国」

 温かな日差しが降り注ぐ、いつもと変わらない昼下がり。


「ノイス、リオはどこに行ったの?」
 ぎく、とノイスは身を縮めて目を逸らす。
 そんな我が子の動きを見逃すような母親ではないことはもちろん知っていた――長年の経験から。
「ノイス?」
 優しく、綺麗な声だがそこには有無を言わせないだけの迫力がある。この国で最強なのは絶対にこの人だろうとノイスは日頃から思っていた。だからもちろん逆らわない。
「姉上なら……オアシスへ行きました」
 北オルヴィス――旧イシュヴィリアナは神に愛される土地・オアシスまでどこの国よりも最短で行ける。二十年前にオルヴィスは北オルヴィスへと首都を遷し、かつて小国であった頃の地域は南オルヴィスと呼ぶのがもう普通になっていた。
 その行動だけでも、父がどれだけ母を愛しているのか分かる。遷都は言うほど簡単なことではない。
 消え去るはずだったイシュヴィリアナという名は――オルヴィスの王都として今も残ったままだ。
「あの子ったら、一人で行ったら危ないって言ってるのに」
「ちゃんとキャラバンに同行させてもらうって言ってたから、大丈夫だとは思うけど」
 姉のリオはことあるごとにオアシスに行く。オアシスの君主夫妻と親の代から交流が続いているので、そこの双子も含め家族のようなものだ。
「ジルダスに会いたいんだろうから止めないでやって」
 ジルダスとは双子の一方のことだ。珍しい男女の双子で、もう片方はキーアという。どうも姉のリオはジルダスに惚れているようだと――それこそ昔から気づいていた。
「止めてはいないでしょう。一人じゃ危ないじゃない、一応女の子だし。キャラバンに入れてもらうのなら親としてもいろいろ挨拶とか……今度アドナさんに手紙書かないと」
 どういう経緯か、母はキャラバンの女性と知り合いだ。もともと王族ではないが、それに等しいくらいの地位だったと周囲から聞いている。かなりの箱入りだったことも。長年の疑問なのだが聞けずにいる。
「まぁ、仕方ないわね。リオには帰ってきたらお父様から叱ってもらわないと」
「……母上が叱ったほうが効果あると思うけど。父上は姉上とシエラには甘いから」
 つまりは娘に甘いのだ。
 特に末っ子のシエラは家族総出で激愛している。
「じゃあそうしましょうか。ノイス、シエラを呼んで来て。久しぶりに家族でお茶にしましょ」
 微笑みながら母は去っていく。
 自分と同じ色の銀の髪が太陽の光できらきらと輝いていた。




 活発な姉とは打って変わって大人しくしっかり者の末っ子を迎えに部屋まで急ぐ。
 案の定、妹のシエラは窓辺に腰掛けて優雅に読書を楽しんでいた。母親の活発なところを姉が、大人しいところを妹が受け継いだんだろうなといつも父は笑う。そのくせ、根が頑固なところはどちらも似てしまった。
「シエラ」
 読書に熱中している妹に声をかけると、ぱっと顔を上げる。
 父似の真っ赤な髪、母譲りの青く澄んだ瞳。二人からそれぞれの色を分け与えられたのは結局シエラだけだ。
 姉のリオは何の突然変異か金髪に、榛色の瞳で、自分はまるっきり母似の銀髪に青い目だ。両親の愛情に差はないが、少し羨ましい。
「兄様」
 笑うとまだ幼さが残る。妹はまだ十四歳だ。
「母上がお茶にしようって。姉上がいないんだから、おまえまで不参加だなんて言うなよ。母上が悲しむ」
「姉様はまたオアシスに?」
「ああ、もう慣れたもんだよ」
 苦笑する兄と並びながら両親が待つ部屋へと向かう。


 いつもと変わらない、穏やかで優しい時間だ。








「――おまえにだけは、言われたくないだろうなぁ」


 紅茶を用意しているノーアに、ゲイルが後ろから声をかける。
「何が?」
「リオ」
 短く答え、ゲイルはくすくすと笑う。
「砂漠を見たこともないくせにキャラバンに混じって砂漠越えしようとしたじゃじゃ馬はどこの誰だろうな? 絶対にリオはノーアに似たんだよ」
「あら、無茶ばかりするのはお父様譲りだって皆言ってるじゃない」
 ここにロハムがいればどっちもどっちですよ、と言うだろう。


「ノーア」


 ゲイルがおいでと手招きする。
 大人しくノーアは歩み寄り、その腕の中に包まれる。
 額に、頬に、そして唇に――口づけが落とされる順番はいつも一緒だ。


「愛してるよ」




 彼はいつも二人きりの時しかそのセリフを言わない。
 私も、という言葉はいつも唇で塞がれて声にならない。





 遅れながらやって来た子供二人が部屋に入れずにしばらく扉の前で待っている姿は、この国ではそう珍しくなかった。




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