可憐な王子の受難の日々

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30:もう勘弁してくれ――――っっ!!!



「まったく彼女はだな、花のように可憐でありそして……」
「ノロケ聞きに来てるんじゃないって何度言わせるんだこのアホ!! 同盟の話だろうが!!」
「真面目だな何があった?」
「報告の義務はない!!」
「あったんだな!? 何があった!!」
「あ――――――っ! もう黙れ!! このアホ国王!!」



 ご褒美が効果あったのか、同盟の話はアドルバードの帰国の日までには固まり、どうにか一行は懐かしい北国ハウゼンランドに向けて出立した。
「いつでも来たまえ! 歓迎するぞ!」
 大きく腕を広げてその胸に飛び込んで来いと言わんばかりのカルヴァにアドルバードは心底うんざりした。
「……もう二度とごめんだ」
 ノロケノロケの毎日。朝から晩まで話し合い。いろんな意味ですごく辛かった。
 アドルバードはカルヴァを無視して馬車に乗り込もうとしたのだが、運悪く捕まり出立の前にあの筋肉質の国王の腕に抱きしめられたのはトラウマになりそうだ。
 同盟は思いのほかハウゼンランドに有利な形となった。何故だとカルヴァに問いかければにこやかに、そしてアホらしく笑いながら断言した。


『美しいものは人類の宝だからな! ハウゼンランドには美しいものが多いらしい!!』


 その美しいものが双子とその騎士であることは明確だった。
 どうやらあの変態国王に気に入られてしまったらしい。不幸な事に。






「風景が変わったな。もうすぐか」
 馬車の中で外を眺めながらアドルバードが呟く。
 南国特有の極彩色の景色はもう見えない。懐かしい常緑樹の森が視界に入り込んできた。
「久しぶりですね」
 レイも目を細めながら外の風景を眺めた。これほど長く国を離れていたことはないから、感動も大きい。
「――――それより、レイ」
「何ですか」
「もらってないぞ」
「何をですか」
 窓の向こうを見つめたままレイは端的に答える。
「おまえ誤魔化すつもりだったな!?」
「だから何をですか」
「ああもうほら! 何の話しているか分かりませんって顔しやがって!!」
「馬車の中で暴れないで下さい、アドル様」
「暴れさせてるのは誰だ!!」
 こちとら踊らされてると分かりつつあのずる賢い国王と対決しながら話をまとめあげたっていうのに!!
「……こんなところでさせる気ですか」
 レイがぽつりと呟く。
 可愛いと思ってしまうその一言にアドルバードは間違いなく撃ち抜かれた。
「――二人きりだし」
 リノルアースとルイは後続の馬車の中だ。
 レイはため息を吐き出した。どうやら諦めたらしい。
 アドルバードは手を伸ばしてレイの頬に触れる。がたがたと馬車が揺れるな、と思ってやっぱり別の場所にすれば良かったかもと今更ながらに思う。
 ああ、こうしてると恋人同士みたいなのに。
 アドルバードが妥協すれば関係は今すぐにでも恋人に塗り変わるのに、身長がコンプレックスである以上そこは無視できないところらしい。
 柔らかい唇に触れる。
 初めての時よりは優しく、長く。そのぬくもりを忘れないように。次はいつになるか分からない。


 ――こんなご褒美があるなら、女装も何も悪くないかもしれない。






 久しぶりに見る我が家(という名の王城)に着き、ようやく帰ってきたと実感できた。
 頬に感じる風は冷たく、南国のあの生暖かい風とは似ても似つかない。どこからか漂う香りも違う。やはり故郷の方が落ち着く。
 寛大な両親に挨拶して、その腕に双子はいっぺんに抱きしめられてこれも愛情と我慢する。
「レイとルイもご苦労だった。今日はゆっくりと休みなさい」
 一歩後ろに下がり、双子と両親の感動の再会を眺めていた姉弟はその言葉に一礼する。


 ――すべては元通り。
 騒がしいながらも北国での変わらない日常に帰ってきたはずだった。



 しかし。




「なんだこれは!!!!」


 テーブルの上に積み重ねられた手紙の束を見てアドルバードは悲鳴にも似た声を上げた。
「招待状ね」
 リノルアースが冷静に説明する。
「分かるわそれくらい! この量だ! なんだこれ漫画でもあるまいし!!」
「あらやだ全部私宛だわー」
「白々しいぞそこ!!」
 指摘するとにっこりとリノルアースは微笑んだ。
 背筋が凍るほどに寒くなる。やっぱり南国の方が良かったかもしれない。このままだと凍死する。
 まだ家に戻っていないレイとルイが同情するようにアドルバードを見てきた。


 なんだ、もう決定か!?
 それともアレか!? 女装も悪くないかもしれないなんて思ったりしたからか!?
 


「自分で行け!!」
「妹の貞操が大事じゃないのっ!?」
「女の子が貞操言うな!!」
 恥らえ少しは!!
 しかもこのやり取りつい最近やった気がする。
 じっと見てくるリノルアースから逃れるように一歩後退る。
 そんな目で見るな。
「……アドル様、無理ですよ。だってあなた兄馬鹿ですから」
「そうですね、シスコンですからね」
 二人揃ってため息を吐き出す。むかつく姉弟は黙れ。
 くそ、否定できないから悔しい。
 どうせこれも妹の作戦なんだろう。分かってる分かってはいるんだが。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!」
 握る拳も震える。
 どうしてこんな役割ばっかり。
 苦しいコルセットもひらひらのドレスも重苦しいかつらも。
 全部やっとオサラバしたというのに。




「もう勘弁してくれ――――――っっ!!!!」



 


 アドルバードの受難の日々はまだ終わらない。






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