可憐な王子の騒がしい恋の嵐

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11

「ハドルスに会ったんだって?」


 出会った一番最初にそれを心配そうに聞いてくる兄が、やはりリノルアースは好きだった。
 あの鬱陶しい従兄弟のことが嫌いで、リノルアースが苦手にしていることを充分に彼は理解してくれているのだ。
「シェリーが追い返してくれたわ。まさかあんたのところにまで来たの?」
「それこそまさか。ありえないだろ。たまたま廊下でルザードの方と会ったから」
「……それはそれで災難ね。レイはまた口説かれたの?」
 リノルアースは苦笑して問いかける。
 兄のハドルスはリノルアース狙い、弟のルザードはレイ狙い――随分と面食いな兄弟だ。
「見事にあしらってたよ。あいつも相変わらずしつこい」
「アドルに言われたらおしまいよねぇ、一体何年越しの片思いよ」
 うっ、とアドルが言葉に詰まる。
 年数で言ったら――それこそ誰にも負けないほどだろう。これが相手に少なからず思われているから良いのであって、相手に何とも思われていないのにそれほど思い続けているんだとしたら――かなりしつこい。
「ま、まるっきりの片思いってわけじゃないし。今は」
「そうねぇ、早く伸びるといいわね、身長」
 うるさい、と言いながらアドルバードはリノルアースの頭を小突く。
 その時の感覚がいつもより少し違っていて――リノルアースはまじまじと兄を見上げる。
「……少し、伸びた?」
「ええ!? 牛乳の効果が今ここでやっと!?」
 今にも小躍りしそうなアドルバードを冷ややかに見つめ、リノルアースは嘆息する。
「いや、気のせいみたいね」
「期待させておいて結局それか!?」
 いつものリノルアースの嫌がらせだと認識したアドルバードはがっくりと肩を落とす。


 ――本当の本当は、少し伸びているみたいなのだが。


 くすくすとリノルアースは笑いながらアドルバードと腕を組む。
「……なんだよ」
「なんでもないわ。温室までご一緒しない? お兄様」
「悪いけど、この後ウィルと約束してる」
 ああそういえばそんな男いたな――とリノルアースは記憶の片隅に追いやっていた存在を思い出す。
「ならウィルも一緒に。シェリーはとっても素敵な子よ?」
「……リノル、何を企んでる」
 嫌な予感がしてアドルバードは妹を見る。
 にっこりと鉄壁の微笑みを浮かべたリノルアースの心情は読み取れない。
「何も? とりあえずシェリーとアドルをくっつけようとは考えてないわ。そうなったらなったで面白いけど、今更アドルがレイを諦めるとか考えられないし」
 逆は多少ありえそうよねぇ、と不吉なことを言い出され、アドルバードは青ざめる。
「……ところでレイは?」
 ここで一緒にアドルバードをからかうと面白いのに、という呟きながらリノルアースが辺りを見回す。
 他国にいるときとは違い、ハウゼンランドにいるときは別行動をとる事が多くなる。慣れた城内ならばアドルバードもリノルアースも人目につかずに逃げ出すことができるし(幼い頃から脱走を繰りかえてしてきた成果だ)穏やかな国柄か、危険も少ない。
「今ちょっと…………」
 不自然に言葉が途切れ、アドルバードは突然立ち止まる。
 腕を組んでいたリノルアースは首を傾げながらアドルバードを見上げ、そしてその視線の先にあるものを見る。
「――――あ」


 背が高く、美しい銀髪の騎士。
 それに言い寄るあの忌まわしい金髪。


「あんの野郎昨日に続いて今日もか!!」
 火花が飛んでくる前にリノルアースはするりとアドルバードから手を離す。
 疾風のごとくアドルバードは走り去り、リノルアースはその後ろ姿を見守った。







「いいかげんアドルバードなんて見放したらどうだ? 今からでも俺のところに来いよ。不自由はさせないぞ?」
「剣の誓いを違えるつもりはありません。今も不自由しているとは思いませんし」
「でもあんなチビっ子だとさ……夜とか満足できないだろ?」
 ――どうして気づかないのか。
 その一言でレイが明らかに殺気立っているのを。
 何よりもレイは潔癖な女性なので、下品なことは大嫌いなのだ。
「――――ルザード様」
 低く、冷たい声。
 その声は明らかに警告だった。これ以上近寄るな、触るなという。
 それに気づかない愚かな男はレイの顎を持ち上げる。抵抗という抵抗は出来ない――レイが抵抗すれば、それはおそらく大怪我に繋がる。
 無意識に手が腰の剣に触れる。それを理性で食い止めた。ここで剣を引き抜けば、アドルバードに責任がのしかかる。
 レイが抵抗できないのを知っているルザードは面白そうに笑う。
 顔に息がかかるほど近づく前に――何かに遮られる。


「俺の騎士に勝手に手を出すな」


 遮ったものは――アドルバードの手のひらだった。
 ルザードが舌打ちする。
「…………アドル様」
 零れた声は思いがけず、弱々しかった。
「いいかげんにしろよ、ルザード」
「恋は自由なもんだろ? 自分の騎士にはそれすら許さないってか?」
「どの口がそれを言う。レイは既にはっきりと断ってるだろうが」
 アドルバードには少し似合わない――人を馬鹿にしたような笑みを浮かべて、レイの手を握る。
「これ以上はもう許さない。言い寄るのが目的なら彼女に近づくな」
 行くぞ、と短く呟いてアドルバードはレイの手を引く。
 しばらく無言のまま、歩き続けて――アドルバードは小さな資料室に入る。
「……アドル様?」
 大人しく着いてきたレイが不思議そうに見つめてきた。
「すぐ済む」
 そう言いながらアドルバードは扉を閉め、相変わらず自分よりも背の高い騎士を見つめる。
「…………レイ」
 名前を呼ぶと素直にはい、と答えてくる。
 その彼女の顎に――そっと口づけた。
 ほんの一瞬、触れるだけだ。それ以上はしない。
 不意をつかれて反応を返せずにいるレイを見上げて、アドルバードは至極真剣に言う。
「……消毒だ。文句あるか」
 そこは、つい先ほどルザードが触れた場所。
 確かに触れられるのはレイも嫌だった。しかしあのままアドルバードが来なかったら――ルザードの本願は叶っただろう。たかがキス程度と、歯を食いしばって堪えただろう。その覚悟からしてみれば、触れられたくらい――
「…………いえ」
 消毒するためだけに、一目のない所に行きたかったのだろう。
「ルザードがいる間は絶対にもう一人になるなよ。できる限り俺の側にいろ」
 一応釘は刺したけどな、とアドルバードが呟く。それがそれほど効果のある人間じゃないことが充分に分かる。
「仰せのままに」
 淡く微笑みながら答える。
 アドルバードは満足したように頷き、入った時と同じようにレイを手を引きながら部屋から出る。





「随分と短い逢瀬だったけど、もうよろしいのかしら?」


 突然降りかかる声にアドルバードがびくりと身体を震わせた。
「リ、リノル!!」
 部屋を出てすぐの廊下でリノルアースが壁にもたれながら待っていた。
「あーあーあーもう暑苦しいわー。どうしてかしら、もうすぐ冬なのにー」
「ううううううううるさいっ!!!!」
 茶化す妹に怒鳴りつけながらも、レイの腕を放さなかったのは――せめてもの意地ともいえよう。





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