可憐な王子の騒がしい恋の嵐

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16

 アドルバードとレイが城から出た頃、事件は起きた。




「きやあぁぁ!!」
 若い女官の悲鳴が響き渡り、一人物思いに耽っていたシェリスネイアは現実に引き戻された。
「何かあったの?」
 寝室から出て騒ぎの中心であろう女官に問う。彼女の手には色鮮やかな布があった。模様に見覚えがある。
「……それは」
シェリスネイアよりも先に駆け付けた女官が涙ぐむながらボロボロになった布切れを握り締めている。
「……シェリスネイア様のご衣装です」
 それは確かにシェリスネイアが国から持ってきた衣装だった。
「すべて切り裂かれてます……誰がいったいこんなひどいことを」
 シェリスネイアは苦笑した。心当たりがありすぎて犯人など見当もつかない。衣装を盗まずな破いたあたりハウゼンランドに来た王族の誰かからの差し金だろう。
 どこに行っても結局自分が生きてる場所は汚いのだと思い知らされたようで、シェリスネイアは密かにため息を零した。




 短い悲鳴が聞こえて、ウィルザードはその部屋まで駆け付けた。女嫌いとはいえ、悲鳴を無視するほど非道ではない。
 そして辿り着いた先が城の客間の中では一等豪華な部屋だということに気付いて、自ずとその部屋の主が分かってしまった。
「――何かあったんですか、アヴィラの姫君」
 開け放たれた扉からウィルザードが話しかけると、シェリスネイアは顔を上げ、驚いたように目を丸くした。
「……失礼しても?」
 返事のないシェリスネイアにウィルザードが入室の許可を求めると、シェリスネイアは慌てて頷いた。
「どうぞ、ネイガス王国の王子――とてもお茶を出せるような状況ではありませんけど」
 ウィルザードはゆっくりと部屋に入り、泣いている女官から切り裂かれたシェリスネイアの衣装を受け取る。
「これはまた――派手にやられましたね。とりあえずリノルアースにでも衣装を借りてはどうですか?」
 ため息まじりのそのセリフにシェリスネイアは眉を顰めた。
「……言われなくともそうさせていただきますわ。お嫌なら無理に気遣っていただかなくても結構でしてよ」
 ウィルザードがシェリスネイアに対して良い感情を抱いていないだろうことは容易に想像できた。他の男とはまるで違う反応を――逆の反応をするから分かりやすい。他の男が好意を寄せているのだから、逆のウィルザードは嫌悪だ。
「ああ、誤解させたのなら謝罪しますよ。俺は確かに女は苦手ですし気の強い奴なんて尚更です。けど今はむしろこんな子供じみた馬鹿なことをする奴の方が不快ですね」
 さらりとした口調に毒気を抜かれてシェリスネイアは黙る。気の強い女――シェリスネイアがそれに当てはまるだろうことを隠さないあたりがいっそ清々しい。
「……リノルのところへ行きますわ。エスコートしてくださる?」
「謹んで遠慮させていただきます。俺はあいつが一番苦手なんで」
「絶世の美女の頼みをそう簡単に断るなんてどうかしてるんじゃなくて?」
「怖いからどうしてもとおっしゃるなら扉の前までご一緒しますが?」
 シェリスネイアはさっと顔を赤く染めた。図星をつかれて余計にこの男が憎らしくなる。


 ――男なら黙ってこの顔に騙されればいいのよ!


「怖くなどありませんもの、結構ですわ! 女性の頼みを無下にする男など始めからあてにしておりませんもの!」
 赤く染まった頬を隠すようにシェリスネイアは顔をそらす。女官に美しい衣装であったものの残骸の片付けを命じて、シェリスネイアはリノルアースの部屋へと足早に歩く。
その数歩後ろに、ウィルザードが着いて来る。
「………………」
「………………」
 ただ黙々と歩くシェリスネイアを追い越せばいいものの、一定の距離を律義に守ってウィルザードは歩く。その様子にシェリスネイアの苛立ちは募る一方だ。


「――いい加減にしてくださらない!? 後ろを歩かれると鬱陶しくてたまりませんわ!!」
シェリスネイアの限界の壁は簡単に崩壊し、振り返ってウィルザードに怒鳴る。
「大国の姫なら人を率いて歩くなんて慣れてるでしょう。お気になさらなくて結構ですよ。たまたま、偶然、行く方向が一緒なだけです」
 見え透いた嘘を、と思いながらシェリスネイアはまた歩き出す。
 嫌な男だ。嫌な男だけれど――シェリスネイアに騙される馬鹿な男よりも、ずっと面白い。こんな男はいなかったと思わず楽しんでいる自分をどこかで感じていた。






「あらま、大変ねぇ。でも私の服じゃシェリーが着るには小さいんじゃないかしら? それにアヴィラの衣装にはコルセットはないでしょう? コルセットはそれぞれ特注で作るものだし」
 リノルアースの部屋へ行くとリノルアースは暢気にそう説明した。
 ウィルザードはリノルアースの部屋まで辿り着くと素知らぬ顔で立ち去った。
「あんなものをしていてよく息ができるわね」
「慣れよ慣れ。一応コルセットをしなくてもいいドレスが何着かあるから、それを持ってくといいわ。私は着ないし」
 そう言いながら侍女に命じてドレスを持ってこさせる。
 薄紅、水色、赤、色とりどりの美しいドレスが何着も運び込まれ、シェリスネイアは首を傾げてリノルアースに問う。
「あなたが着ないドレスがどうしてこんなにあるの? 見たところあなたが着るには少しだけ大きいみたいだし」
「あー、これはアドルのだから」
 さらっとリノルアースが零した言葉にシェリスネイアが硬直した。


「………………………アドルバード王子が? 着るの? ……これを?」


「そうよ?」
 リノルアースがきょとんとした顔で答える。
 ちょっと待て。
「……王子には女装癖があるの?」
 シェリスネイアの真剣な顔を見てリノルアースが頬を掻く。
「あー……いや、そういうわけじゃなくてね。まぁ色々あってさ。私に変装してもらった時のがそのまま取ってあるだけ。ホラ、双子だからさ、服装変えると親しい人以外は結構騙せるもんなのよ。普段着るんじゃないから。むしろアドルは女顔なのがものすっごいコンプレックスだから」
 説明し忘れるところだったとリノルアースが笑う。そこはぜひとも忘れないでいて欲しい。
「そう……ではお借りするわ。ありがとうリノル」
 色々なことにほっと一安心しながらシェリスネイアが微笑む。
「どういたしまして。後で部屋に運ばせるわね。作りは単純だから簡単に着れると思うけど、朝にうちの女官に行かせるから着付けてもらって」
 アヴィラから連れてきた女官じゃ着せられないでしょう? とリノルアースに指摘されてシェリスネイアも苦笑する。
「心配しなくても嫌がらせの犯人はこっちで突き止めるから。何となく予想は出来てるけどね」
「こちらにしてみれば日常茶飯事だもの、急がなくてもかまわないわ」
 アヴィラではむしろもっと危険な目に遭っている。迂闊に食事が出来ない時期だってあった。
「こっちの問題でもあるのよ、シェリー」
 リノルアースが苦笑する。国賓を危険な目に遭わせたともなれば本来なら責任問題は免れないだろう。
「ならお任せするわ。それじゃあ失礼させていただきますわね」
 ハドルス山でのこともあり、正直あまり面と向かって会話するのは辛い。リノルアースは本当に人の心の奥底まで見透かしてくるようだ。


「シェリー」


 呼び止められて、シェリスネイアはぎこちなく振り返る。


「……本当に見つかると思うの?」


 誰がとも何がとも言わなかった。シェリスネイアの兄のことかもしれないし、嫌がらせの犯人のことだったのかもしれない。
 けれどシェリスネイアは前者に思えた。
 だから。


「思わないわ」




 初めから望みの無い賭けだと知っている。
 だからそう答えた。希望なんて初めからないのだから。






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