可憐な王子の騒がしい恋の嵐

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「世の中物好きもいたもんねぇ」


 一枚の紙にずらりと並んだアドルバードの婚約者候補達の名前を眺めてリノルアースがしみじみと呟く。
 切羽詰ったアドルバードとは違ってリノルアースは優雅に紅茶を飲んでいた。双子の兄の危機だというのに手を貸そうという素振りはない。
「……リノル。それはどういう意味だ?」
「アドルのことじゃないわよ。こんな北の田舎国に嫁ごうってことが物好きって言ってるの。私ならごめんだわー。だってイルファンドの姫だったら選び放題だし、うわ、アドラスまで。凄いわねぇ、ほんの数年前ならありえないようなお国からのお話よぅ」
 リノルアースが上げたのはどれもハウゼンランドでは遠く及ばないような大国の名前だ。もちろんその分やってくる姫君も第八王女とか第十五王女くらいなものだが。
「南の国のお姫様じゃ数ヶ月ともたないだろ。極寒の地だぞ」
 イルファンドもアドラスも遠い南の国だ。山に行けば一年のほとんどで雪を見ることができる、雪国のハウゼンランドでは生きていけない。
「凍死するかしら? それはそれで見ものよねぇ」
 恐ろしいことをさらりと吐きながらリノルアースは美味しそうにケーキをつつく。
 それこそリノルアースは結婚相手など選び放題の状態だ。大陸中に知れ渡る美貌のおかげで何十もの縁談が飛び込んできている。その手紙を読まずに暖炉の火に放り込んでいるらしいが。曰く、「私の顔も見たことのない、性格も知らずに噂だけで縁談持ってくる男なんて信用できない」だそうな。本当の真意をアドルバードは知らない。
「……それにしても、縁談を持ち出すなんて陛下らしくもないですね。今まで随分と暢気にしていらっしゃったのに」
 リノルアースの紅茶を継ぎ足しながら、彼女の騎士でありレイの弟でもあるルイが呟く。
 彼の言うことも最もだ。野心のある国王ならば早々に大国へリノルアースを嫁がせるだろう。しかし手紙を焼き捨てているのを黙認している。アドルバードに関しても口うるさいことの言わない、温厚な父だ。母親も同様に。
「知るか。リノルは放置なのに俺ばっかりこんな目に遭わせやがって。理不尽だ」
「それは今更でしょう」
 アドルバードの婚約者候補についてまとめられた書類を持ってレイがやって来る。
 両親は双子を分け隔てなく、平等に愛情を注いでくれたが――最近では女の子のリノルアースと男の子のアドルバードで違いが出てきた。簡単に言えば男の子だから多少の危険は平気だろう、とそういうことだ。実際は多分リノルアースの方が上手く切り抜けると思うが。
「それに、アドル様は後継者でもありますし。婚約者がいないと王位争いで不利にもなりますし」
「王位争いって……物騒なこと言うな」
「暢気に構えてるのはアドルだけよ。ハドルスもルザードも皆腹の底では王座を狙ってるんだから」
 ふん、と面白くなさそうにリノルアースが言う。
 ハドルスもルザードも二人の従兄弟だ。
「暢気にって……一応分かってるよ。でも第一王位継承者は俺だし、それは父上でない限り変えることは出来ない」
「変えさせるつもりもないわ、誰にも」
 リノルアースのそこ宣言はそこらへんの男でも叶わないくらいに男らしかった。こういう一面を知っているのに女の子だからと甘やかす両親が信じられない。
「私の計画ではレイにお義姉様になっていただくことになってるし? アドルにはちゃんと王様になってもらうことになってるんだから。ああ、そうだアドル。身長伸びるにはカルシウムよ。牛乳飲みなさい」
「うるさい、言われなくても飲んでる」
「カリカリするのはカルシウム不足なのよ、足りてないわ」
「何リットル飲めと!?」
 なおも食らいついてくるアドルをまん丸の目で見つめ返してリノルアースが問う。
「あらやだ、あんた一日どんだけ飲んでるの?」
「…………二リットル少々」
 そりゃあもう身長は最大のコンプレックスなので。
「バッカじゃないの!? あはははははははは!!!!」
「笑うな!」
 無理、とリノルアースが目に涙を浮かべながら呟く。
「大丈夫よ、そんな小柄な家系じゃないもの。お父様も人並みにはあるし」
「それならどうして俺はこんなんなんだ!?」
「男性は総じて成長期が遅く現れますから。二十歳越えても身長は伸び続けるそうですし。アドル様の場合まだ成長期に入ってないんでしょう」
 レイが冷静に説明する。
 アドルは身長180cmを越えるルイをちらりと見て問う。
「おまえいつ頃から伸び始めた? ていうか十五歳の頃は一体どんくらいあった?」
「え、俺ですか? 十五歳の時には165cmくらいはあったかと」
「レイ!!」
 気休めを言うなとアドルバードがレイを睨みつける。
 レイはそれを無視して書類を整理して机の上に並べていた。
「レイの家系は皆背が高いもの…ってルイは養子だったわね。それじゃあ当てはまらないか。どこの国の人かも覚えてないし」
 リノルアースがじっとルイを観察し始め、ルイは居心地悪そうに後退する。
 銀髪に碧眼、色白のレイとは似ても似つかず、ルイは黒髪に緑色の瞳、肌はハウゼンランドの人間よりも濃い目だ。
「それこそ……南の方の特徴よね? それなら余計に体格は良いはずだもの。アドルじゃあ足元にも及ばないでしょう」
「言われて見れば……そうですね。気にしたことがなかったので」
 ルイがまじまじと自分の肌の色を見て呟く。
 物心がつく前にバウアー家の一員となって、当然のように成長したので自分の出身を気にしたことなどなかった。ルイにとってはハウゼンランドが故郷だし、バウアー家が育った家だ。





「…………これは……」
 書類を並べていたレイが呟く。その響きが驚いたようであったので、三人とも振り返った。
「どうした?」
「……随分と物好きな方が」
 レイが一枚の紙を持ち上げる。
 三人がそこに書かれている国の名前を見て目を丸くした。
「アヴィラ!? あのアヴィランテ帝国!? なんでそんな大国のお姫様が来るのよ!? しかも第三皇女だぁ!? 狂ってんじゃないの!?」
「結婚ていうか侵略じゃあ……」
 アヴィランテ帝国――通称「アヴィラ」は千年以上の長い歴史を持つ帝国で、南一帯の広大な国土を持つ。ハウゼンランドも使い物にならない雪山などで国土だけはそれなりに広いが、アヴィラとは比べ物にもならない。
「シェリスネイア姫って……あたしに並ぶ美貌の姫君じゃないの!!」
「そこで自分を出せるあたりが凄いと思うぞ。俺」
 アドルバードが呆れたようにリノルアースを見る。ルイも主人に気づかれない程度に頷いて同意する。
「何よ!! 南の姫、北の姫って大陸じゃ区別されてんのよ!? あたしの顔はそれだけの利用価値があるのよ!?」
「……それはつまり俺の顔でもあるわけだが」
 なんて言っても双子なわけで。
 男と女という違いを除いてはそっくりなのだ。さすがに微々たる違いが見え始めてきたが、他人では区別できないほどの差だ。アドルバードが女装すれば見事にリノルアースだし、その逆もまた然りだ。
「…………少し、気にした方が良さそうですね」
 今まで黙っていたレイが静かに呟く。
 本気でアヴィラから縁談が出されれば、ハウゼンランドからは断りにくい――というより、断れない。
「どういう目的があるのか図りかねるわ。まさか大事なお姫様をこんな国に渡す気はないでしょうし、うちと繋がりが出来てもアヴィラに特なんてないもの。利益のないことで国は動かないわ。アルシザスの馬鹿な国王を例外として」
 策略を見破ろうとするリノルアースの目つきは美しいだけの姫君などではない。獲物を狙う猛獣のごとく鋭い。
「なかなか面白い催しになりそうじゃない?」
 相手の狙いを見抜き、さらにその上で自分に利益があるように立ち振る舞う――それはリノルアースには面白いものなのだろうが。


「………………気が重い」


 策略も、謀略も、この際政治戦略も何もかもどうでもいい。
 穏やかで静かな日々を送りたいというアドルバードのささやかな願いは当分叶いそうに無い。


 





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