可憐な王子の騒がしい恋の嵐
23
「……なんで分かるんだ」
化け物でも見るように、ウィルザードはレイを凝視した。
「お二人が小さな頃から相手をしているのに、区別できないわけないでしょう。そもそもアドル様の方が声が低いですから」
わずかな違いですけど、とレイが付け加える。そのわずかな違いを本人達も分からないというのに。
「愛の力というやつですわね?」
シェリスネイアが至極真剣な眼差しでそう言い出し、アドルバードは飲んでいた紅茶を噴き出す。
「やだ、汚いわよアドル」
いつものことだけど、と冷静にリノルアースがハンカチを兄に差し出す。そのハンカチで口元を拭いながらアドルバードは動揺を隠しきれていなかった。
「ああああああああああ愛って!!」
「愛の力でしょう?」
さらりとリノルアースに言い返されて、アドルバードは赤面する。
「せめて忠誠心にしていただきたいところですね」
愛だの言い出すにはまだ早いようなので、とレイに言われればなお顔は赤く染まっていく。
レイが双子の見分けがつくのも、聞き分けができるのも昔からだ。それを愛の力だなんて――。
「レイの忠誠心はアドルへの愛の力でしょう?」
「……それとこれとでは別の話ではないですか? というより別にしてください。そういう浮ついた気持ちで仕えているわけではありませんから」
アドルバードはレイがこうも冷静に対応しているのを見て、自分だけがこれほど動揺しているのが恥ずかしくなってくる。
「ま、いいけど。アドルもいいかげんに落ち着きなさいな。さっさとハドルス達に一泡吹かせてやらなきゃ」
「……あと五分くれ」
早鐘のように脈打つ心臓をどうにか落ち着かせようとアドルバードは深呼吸する。
ああもう本当に心臓に悪い。
赤みがかった、長い金の髪の少女を見つけて、ハドルスは早足になる。
大陸でも有名な美少女にして、従兄妹のリノルアースだ。あの珍しい髪の色ですぐに分かる。
最近は――というよりも、城の中だからなのだろうか、騎士を連れて歩いていないことが多く、それはつまりハドルスにとっては好都合だった。
「リノル」
充分に距離を詰めてから、そう呼びかける。
美しい少女は振り返り、ハドルスを見た。深紅のドレスが華やかなリノルアースにはよく似合う。
「――愛称で呼んでいいと許可した覚えはないけど? いいかげんにしてくれない?」
にっこりと、微笑みながらそう拒絶されるのもいつものことだ。
「いいだろ? なぁ、いつになったら心を開いてくれるんだ?」
「あんたに開くほどあたしの心は安くないの。はっきりと言わなきゃ分からない? 大嫌いなのって」
「嫌い嫌いも好きのうち、って言うだろ?」
リノルアースは眉間に皺を寄せながら、触れようと手を伸ばしてきたハドルスの腕を振り払う。
「あんたは例外よ。自信過剰な男って鬱陶しいだけじゃないの。器の小さい男はなおさらね。ねちねちみみっちい嫌がらせして」
懲りずに伸ばされた手が不自然に止まる。
リノルアースは相変わらず冷めた顔でハドルスを見上げていた。
「……なんだって?」
今までとは違う低い声。
リノルアースは勝ち誇ったように微笑み、そうして続けた。
「気づいてないとでも思ったの? お気楽ねぇ。あんたがシェリーに……アヴィランテの姫君に嫌がらせしていることくらい、こっちはお見通しなのよ? 何の為にこんな忙しい中ルイが護衛についていないと思ったの?」
ぎり、とハドルスが歯軋りする。いなくて好都合だと思っていたが、逆だったらしい。
「――それで? 知っているのがリノルとあいつだけなら……」
「馬鹿ね。それだけだと思うの? もうルイにはお父様に報告するように言ってあるわ。残念でした。このままじゃ王位継承権は取り上げられるかもしれないわねぇ?」
味方の弟君も同罪よ? とリノルアースは微笑む。
ルザードが絡んでいたことまで知られているとは――焦りか、怒りか、頬を汗が流れる。
「あたしを敵に回したことが最大の失敗ね。ご愁傷様」
美しい微笑み――今だけは、それを見て殺意がわく。
「このクソ女っ!!」
あの鈍感な王子にはこんなこと思いつかない。
この姫さえいなければ――将来の地位も、安泰も、約束されていたというのに。
ハドルスが振り上げた拳を、リノルアースは片手で受け止めた。
「な――――」
呆然としている間に、ハドルスの身体は宙に浮く。
どん、と勢い良く背中を床に叩きつけられた。
何があった?
何が起きた?
あんなに華奢なリノルアースに、投げられた?
「一体何が――!」
騒ぎを聞きつけた使用人やら衛兵やらが集まってくる。
その目に映るのは、無様に寝転がるハドルスと、それを見下しているリノルアースだけだ。
「リ、リノルアース姫?」
おずおずとリノルアースに話しかけた使用人に、リノルアースは極上の笑みで答える。
「ごめんなさい。何でもないのよ。私がちょっと驚いて、ハドルスを投げちゃっただけだから」
一瞬目が点になった周囲の人間も、状況を再確認して納得する。
ハドルスは羞恥で顔が赤くなっていくのが分かった。こんな小さな女に負けた、だなんて。
そんなハドルスをリノルアースは冷たい眼差しで見下し、そして微笑む。
「さようなら、ハドルス」
それはまるで、悪魔の囁きにも似た声だった。
部屋に戻り、アドルバードは深くため息を吐き出す。そうしてリノルアースの仮面を外す。
「ご苦労様。なかなかの演技だったじゃない?」
本物のリノルアースが満足そうに微笑んだ。
「――どうも。あとはルザードか?」
まだもう一戦あるな、と呟くと、リノルアースに腕を捕まれた。
「そっちはいいわ。もともと王位に興味のない奴だし。継承権は剥奪確実なんだから」
「でも」
むしろ俺としてはそっちを完膚なきまでに叩き潰したいんですけど、とアドルバードはリノルアースをじっと見る。
「ルザードの退治はレイが行ったし」
「それを早く言え――――!!」
すぐにでも駆け出しそうなアドルバードを再び止めて、リノルアースはため息を吐き出す。
「王子様がその格好で駆けつけるつもり?」
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