可憐な王子の騒がしい恋の嵐

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30

 アドルバードの部屋に行くと、部屋の主は不機嫌そうに仁王立ちしていた。


「……まだ、お休みになってなかったんですか」


 もう夜は遅い。朝早くから色々なことに奔走しているアドルバードならばもう休んでいるだろうとルイは思っていた。
「おまえの帰りが遅いから、もしやレイかリノルに手を出したんじゃないかとヤキモキして、それでもレイに部屋から出るなと言われているから追いかけることも出来ずにこうして大人しく待っていたわけだ」
「……どうやったらそんな想像できるんですか。あの二人に俺が勝てるわけありません」
 四人の中では最弱だと自覚している。
 そしてそれも、アヴィラのことを含めれば一転するんだなと頭の隅で考えてルイは黙り込んだ。
「レイには実力でも負けるかもしれないが――力押しだったらリノルには勝てるだろ」
 そんなことしたら生きていられると思うなと言いたげな目でアドルバードはルイを睨む。
「その後が怖くて力押しも無理です。こちとらキスの一つもしてない清い関係なんですよ。どこかの王子様と違って! そもそもそんな関係にすらなれてませんけどね!」
 言い返すと、アドルバードは「う」と口籠もる。前科があるのはどっちだ。
「大体姉さんのことをいつまでも引きずらないでくださいよ。純粋に今は姉としてしか見てませんから」
 ため息を零しながらルイは上着を脱いだ。先ほど着たばかりだが、どうせもう寝るしかない。
「その点については少し興味があるんだが――いつ、惚れてた?」
 何でそんなことに興味を持つんですかと言い返そうとして、止める。
「アドル様にはまだお会いしてない頃ですよ。俺が家から出ずにいた頃ですから――八歳前までですかね。あの頃は世界そのものが狭かったんで」
 八歳で、王城に入ることを許可されるまでは基本的に家の近所にしか出歩かなかった頃だ。姉は物心ついた時から王城に出入りしていたのだから、随分な差がある。
「――それで?」
 尋問ですか、とルイは苦笑する。
 年頃の乙女でもあるまいし、どうして男二人で就寝前に恋話に花を咲かせないといけないのか。
 しかしまぁいいか、という気分も味方して、ルイは昔を思い返した。





   ■   ■   ■




 厳しい父と、今は亡き優しい母、そして美しく強い姉。
 ――それしか存在しなかった頃。




 血が繋がっていないということを、今はもちろん気にしてはいないが、幼い頃にはそれがどうしても負い目に感じていた時期は少なからずあった。
 そのせいで両親に素直に甘えられずに距離を置いていた。
 そんな中で、つい母に対して癇癪をぶつけてしまった。実の子供じゃないのだからと、優しくしなくてもいいと。そんなことを怒鳴り散らして。
 叱ろうとする父を無視して飛び出した。
 このままいっそ放り出してくれればいいと、そう願う心があった。


「――――ルイ?」
 逃げ出して――庭の片隅で蹲っているところを見つけたのは、レイだった。
 いつも小さな癇癪の後でルイを見つけるのはレイだった。だから今回もそうだろうと、ルイは思っていた。レイはいつもルイが落ち着くまでただ黙って側にいるだけだったのだが――今回だけは違った。


 頬に痛みを感じるのと同時に、ルイの身体は飛んでいた。
 芝生の上に倒れこんで、呆然と姉を見上げる。
 レイは――怒っていた。
「母上に謝りに戻れ」
 拳を握り締めたまま、レイは低く言った。
 でも、と呟くと、また拳が飛んできそうで怖かった。
「父上も母上も、おまえをどれだけ愛しているのか分からないのか。分からないのは、おまえが分かろうとしてないからだ。どうしておまえがルイって名前をつけられたと思ってるんだ」
 聡い子供だったレイと違って、ルイにはその言葉のほとんどが分からなかった。
 ただ怒っているレイが同時に泣きそうなのだけは、馬鹿な子供だったルイにも分かる。


 両親に謝りに戻ると、先に父親のお説教が待っていた。
 小一時間のお説教の後で、両親に一度に抱きしめられてから――ルイの中の負い目はなくなったのかもしれない。
 もう少し成長してから知ったことだが――母は、レイを産んだ後で子を成せない身体になったのだという。跡継ぎを、と望まれる立場で女の子を一人産んだだけの母は親戚連中の中で肩身が狭い思いをしたのだという。
 父がルイを拾ったのも――両親にとっては天の導きがあってこそだったのだと。


 そして、この名前の意味も。




   ■   ■   ■






「レイとルイっていうのは、砂漠の民の言葉で白と黒っていうんですよ。なんとも安直な名づけ方ですけどね」
 苦笑しながらルイは久しぶりに自分の名前の由来を口にする。
 レイが名づけられたのは偶然としか言いようがないが――砂漠でルイを拾ったのは、もはや運命に近かった、と父に昔話された。
「……それのどこでレイに惚れるんだ」
 殴られただけだぞ、と言われてルイは苦笑いする。
「いつも黙って側にいてくれた時から惚れてたんでしょうけどね、泣きそうな顔見た時から、完璧に意識は変わってたのかも――それでも、姉さんの眼中に自分はまるで入ってないことに気づいて儚く散りましたけどね」
 恨めしそうにアドルバードを睨みながらルイは言う。
「……そういえば俺はいつからレイが好きだったんだろう」
 ルイの視線に気づかず、アドルバードが首を傾げていたので、ルイはさすがにため息を隠せなかった。
「そんなことも分からないって、やっぱりアドル様はへタレですよね」
「おまえに言われたくない。少なくとも剣の誓いをたてた時には既に――」
 そう呟きながら逆算を始めるものだからますます姉が不憫に感じてきた。
 そもそもこの二人は、いつからなんて考えるのも馬鹿馬鹿しくなるくらい昔から、無自覚に相思相愛だったのだ。それはレイをずっと見てきたルイが保証できる。
 この二人はたぶん、世界が終わりを迎えようとも、その瞬間までお互いの傍らにいるのだろうと。
 それが羨ましかったのだから、その二人を引き裂こうとなんて考えられない。


「アドルバード様、姉さんのことを愛してますか?」


 気がつけば口が勝手に動いていた。
 はっとしてルイが自分の手で口を塞いだ時には遅い。
「愛してるよ」
 あっさりと即答されて、むしろルイが呆気にとられた。
 それがそのまま顔に出ていたのだろう、アドルバードが「なんだよ」と笑う。
「弟のおまえが心配しなくても、レイを不幸になんてしない。それくらいの甲斐性は期待していいぞ」
 期待していた答えを、簡単にアドルバードに言われて呆然とする。
 迷いのない答えに、心が決まったのは確かだった。
「それにしても姉弟だよな」
 アドルバードはくすくすと笑いながらそう続ける。
 意味が分からずに首を傾げるルイに向かって、アドルバードは指摘した。
「口癖だよ。真剣な時とかはおまえも俺のことアドルバードって呼ぶ。絶対な。たまに普通の時もそう呼んでるけど」
 肝心な時は絶対だ、と言われて自分の言動を思い返す。あまり愛称を使わないように気をつけていたはずなのだが――やはり気が抜けてしまっていることが多いらしい。
 しかし今回は都合がいいか、とルイは苦笑する。


「姉さんをお願いします」

 
 ルイはそう言ってアドルバードに頭を下げる。
 驚いたアドルバードは、ただルイを見下ろしていた。声をかえる余裕もなく、俺は、とルイが続ける。







「王子として、アヴィランテに行きます」








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