可憐な王子の騒がしい恋の嵐

PREV | NEXT | INDEX

31

 急にアドルバードに呼び出されたリノルアースは、一人で兄の部屋に向かう。同じ寝台で眠ったレイも、朝目が覚めるとすぐに身支度をしてアドルバードのもとへと帰った。
 アドルバードが呼び出すなんて珍しい――それが少しだけ、何かの前触れのように感じてリノルアースは自然と足が重たくなった。


 アドルバードの部屋の扉を、ノックもせずに開けた。
 いつもならそれをとやかく言うアドルバードが、静かにリノルアースを迎え入れる。
 部屋の中には何故かシェリスネイアとウィルザードまでいた。ウィルザードはリノルアースと目が合うと分かりやすいほど嫌悪が顔に出ていた。
「……一体、何の騒ぎ?」
 ため息まじりに、いつものように堂々と、リノルアースはアドルバードに問いかける。強がってなければ、足が震えそうだった。
 いつもいつも、嫌な予感は当たる。
「皆様に集まっていただいたのは、俺の都合です」
 どうぞ、とルイがリノルアースの為に椅子をひきながら、そう答えた。
「ルイがわざわざ私を呼びつけたって言うの? 随分偉くなったわねぇ?」
 リノルアースの厭味に、ルイはすみませんと苦笑するだけだった。
「それで? どうして私やネイガスの王子まで呼ばれたのかしら?」
 先に座っていたシェリスネイアが紅茶を飲みながらルイに問いかける。
「全員集まったことですし、始めますか、アドル様」
 レイがリノルアースの前に紅茶を用意して、アドルバードに言う。
 アドルバードがちらりとルイを見て――ルイは、気まずそうに頷いた。それを確認したレイが、一番最初に話し始める。
「まずは、昨夜は弟に水をありがとうございました。シェリスネイア様」
 丁寧な声に、シェリスネイアの顔色が曇る。
「あれは、うちの女官が失礼いたしましたわ。風邪などは召されませんでした?」
「ご心配には及びません。はっきりとお聞きします。……あれは、故意でしょう?」
 当本人のルイは黙ったまま、リノルアースの側に立っている。
 シェリスネイアは若干動揺しているのだろう。いつもの雄弁さがない。
「な、なんのことですかしら。あれは女官が転んで――」
「あなたが確認したかったのは、ルイの右肩でしょう?」
 レイの静かな問いに、シェリスネイアの肩がびくりと揺れた。図星だったのだと、その場にいる誰もが分かる。
「右肩……」
 リノルアースはその単語に、自分の知識を掘り出した。アヴィランテの王族ならば誰もが持つ、王印――。
 リノルアース自身は、ルイの右肩を見たことはない。王印の位置は正確には背中に近い、右肩だ。そんな場所、上半身裸でもなければ見えないだろう。
「アヴィランテの王族である証、王印の有無を確認したかった――違いますか?」
 レイの重ねた問いに、シェリスネイアはしぶしぶといった感じで頷いた。
「残念ながら、王印はありませんよ。別のものならありますが」
 レイの答えに、シェリスネイアもリノルアースも、ルイに注目する。普段こんなに注目を集めない本人は、美少女二人からの視線に居心地悪そうにしていた。
「……正直、年頃の姫君の前で服を脱ぐのは抵抗があるんですが」
 周囲の無言の要求に、ルイが弱々しく抵抗の意思を見せるが――それは無意味だった。
「騎士団の中では簡単に脱いでいるんだから、今更気にする必要もないだろう」
 レイがさらりとそう言ってのけると、過剰反応する人間が一名いる。
「……ちょっと待て。それはおまえがルイの裸を見たことあるってことか!? 騎士団はそんなに羞恥心がないのか!?」
「戦場に出れば手当ても必要ですし、稽古をすれば汗もかきますからね。男性はかなり露出してることもありますよ」
「そんなもん見るなぁぁ!! 目が腐る!!」
 レイ自身は随分と前からそういう環境で育ったので、大して気にしてはいない。さすがにレイの存在を気にしてか、下まで脱ぐ男はいない。アドルバードの着替えすら手伝うレイにそれは今更だろう、と周囲は呆れたようにアドルバードを見つめた。
「目が腐るほどのものじゃないですよ、いくらなんでも」
 ぶつぶつと呟きながら、ルイが上着を脱ぎ始める。女性の視線を気にしてか、後ろを向いているが。


 だから、それはすぐに見つかった。


 上着の中のシャツまで脱いだ、上半身は何も纏っていないルイの引き締まった背中の――右肩ともいえるその場所にある、古い火傷の痕。
「ルイ、それは……」
 リノルアースが驚いたように呟いた。
「赤ん坊の頃の火傷ですよ。記憶にすら残ってないので、他には説明しようがありません」
 苦笑しながら、ルイは自分の右肩に触れる。
「……わずかにですけれど、王印のようなものも見えますわね」
 シェリスネイアが確かめるように、じっとルイの火傷の痕を見て呟く。
「ここにいる人はもはやご存知でしょう。俺はバウアー家の血筋ではなく、拾われた子だと。そしてその当時の状況が、アヴィラの王子の失踪と重なり合うと」
 暖炉の火がついた部屋の中でもさすがに寒いと、ルイが厚い上着だけを肩にかけた。




「状況証拠にあわせて、肩の火傷の痕。これだけで俺は王子と認められるでしょうか? アヴィラの姫君」




 ――何を、言っているのか。
 

 リノルアースは即座には理解できなかった。
「……拾われた当時、身に着けていたものはありますかしら? その品によっては、納得させることは可能だと思います」
「屋敷にまだあります。かなりぼろぼろになってはいますが」
 シェリスネイアの問いも、それに答えるレイの声も、どこか遠い。



「…………ルイ?」



 呟いたリノルアースの声は、掻き消えてしまいそうなほどにか細かった。
 しかしその声にルイは気づく。リノルアースを見つめ、複雑な表情を浮かべた末に、優しく微笑んだ。
「……アヴィラに、行くっていうの?」
 ルイはリノルアースのもとまで歩み寄り、その足元に跪く。リノルアースの小さな手を握り、ルイはリノルアースを見上げて、まるで神聖な儀式のように、言う。
「――――そのお許しをいただく為に、リノルアース様をお呼びしたんです」
 頭を殴られたような、衝撃だ。
 嫌な予感はいつも当たる。
 許しなんて、そんなもの――もう必要ないと、分かっているだろうに。
 ルイがアヴィランテの王子ならば、リノルアースの方が格別に地位は下なのだ。同じ王族でも、アヴィランテとハウゼンランドでは国力があまりにも違いすぎる。
 何より、リノルアースの頭に浮かんだのは――


「…………嘘つき」


 泣きそうになるのを、必死で堪えた。
 リノルアースはルイの手を振り払い、椅子を倒す勢いで立ち上がる。ルイは跪いたまま、リノルアースを見上げていた。



「ずっと、私を守るって約束したじゃない!!」



 そこまでが限界だった。
 リノルアースのプライドが、それ以上を許さなかった。リノルアースはそう叫ぶと、部屋を飛び出した。
 それ以上にルイに怒鳴り散らせば、たぶん、その場で泣いてしまっただろう。





PREV | NEXT | INDEX
Copyright (c) 2009 hajime aoyagi All rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-

inserted by FC2 system