可憐な王子の騒がしい恋の嵐
39
部屋に戻ったアドルバードを迎え入れたのはいつもの騒がしいメンバーだった。もとより部屋にいたカルヴァ、ウィルザードに妹とその騎士が加わっている。
優雅に紅茶を飲む妹の姿が一番最初に目に入って、アドルバードは思わずため息を吐き出す。
「なんなのその反応は。愛しい妹が会いに来て嬉しくないの!?」
当然目敏いリノルアースに見咎められ文句を言われる。
「……自分で愛しいというあたりおまえ相変わらずな」
「あら違うの?」
「――違わないけど」
もはや自他共に認めるシスコンだ。否定はしない。
リノルアースは返答に若干間があったせいか、少し不服そうにアドルバードを睨む。
「いいけど別に。どうせアドルはレイが一番だもんねー」
リノルアースはふん、とアドルバードで遊ぶことも止めてソファに深く身を沈めた。その手にあるカップに追加の紅茶を注ぐルイの姿を見て、思わずアドルバードは睨みつけてしまった。
……その視線に気がついたのか、
「アドル様? 何かあるのでしたら早めにおっしゃってください。地味に怖いんですけどその視線」
ルイがおずおずと言い出すと、アドルバードはつかつかと彼に歩み寄ってその腕を捕まえると、引きずりながら(正確にはルイが大人しくついて行っているのだが、アドルバードの個人的見解としては)部屋の隅に行く。
「おまえ、リノルとどこまでいった? 庭までとかなんて言い出さないよな? 場合によっては刺す」
「刺すって何でですか。まさか腰から下げてるものじゃありませんよね?」
ルイが降参の意を表して両手を挙げながら聞く。
「それも場合によりけり」
アドルバードの目が据わっていたので、ルイはため息を零して正直に答える。
「――別に、何もないんですけど」
「んなこと俺が信じるとでも?」
「とりあえず姉さんとアドル様以上のことはしてないですよ」
「そんな風に言えば俺が引き下がるとでも?」
「いや、本当ですって」
ぼそぼそとそんな会話を続けていると、ふわりとアドルバードの身体が浮いた。
「うわっ!?」
急に足元が床から離れたことにアドルバードが動揺する。顔だけ動かせば、犯人はレイだった。
「いいかげんに大人になってください。アドル様。馬に蹴られて死にたいんですか?」
呆れたような顔をしてレイがアドルバードを持ち上げたままルイから引き剥がす。
「なっ! 邪魔するなレイ! 俺は状況確認をだなっ!!」
「アドル様の場合は尋問です。それも意味のない」
「意味ない言うなっ!!」
兄として当然のことをしているまでだ、とアドルバードが胸を張ると、レイがため息を零す。
「本当にいつまで経っても変わりませんね」
レイがそう言い残して一度部屋から出る。深い意味はないはずだ。それこそアドルバードも今さっきリノルアースに向かって似たようなことを言ったばかりだ。
けれど、レイからそう言われたということがアドルバードには重くのしかかった。
彼女に相応しい人間になろうと努力しているから余計に。
「……俺ってそんなに変わってない? 乳幼児から進化してない? むしろ猿?」
「ア、アドル様。姉さんはそこまで言ってませんよ?」
先ほどとは打って変わって地にめり込むほど落ち込むアドルバードをルイがささやかに慰める。リノルアースは「馬鹿ね」の一言で兄を放置だ。
「シェリーもそろそろ来る頃かしら。そこの馬鹿もいいかげんに立ち直ってくれる?」
そこの馬鹿、はシェリスネイアに惚れてしまったウィルザードだ。アドルバードが国王へ報告へ行っている間、カルヴァが相手をしていたようだが、余計に可笑しくなっている。
「なら俺は今すぐ帰るっ!」
勢い良く立ち上がって、リノルアースの座るソファの脇を走りぬけようとしたウィルザードはそのままの凄い勢いで転んだ。リノルアースが足をかけたのだ。
「あんたにも居てもらわないと困るのよ。大人しくしてなさい」
「この女狐……っ!」
「こんなに愛らしい狐なんてそうそういないわよ? その目で見れたことを光栄に思いなさい」
ウィルザードの相変わらずの罵詈雑言もリノルアースの前ではゴミ屑のように散っていく。
「アドルも、どうせレイはあんたの為にお茶淹れに行ったんだから浮上しなさい」
傍目からはレイがアドルバードを見捨てないことなんて一目瞭然なのだから、恋愛ごとでアドルバードが落ち込む姿はまるで道化師だ。
「それで、ここまで勢揃いで何をしでかすつもりかね。美しい姫君?」
ウィルザードに飽きて静かにしていたカルヴァがリノルアースを見てにやりと笑う。それは軽薄な男の顔ではない。謀略を張り巡らす国王の顔だ。
「もちろん。陛下が兄に持ってきた案件についてですわ。相変わらずお優しいことですね」
「美しいものには、と頭につくがね」
この南国の国王はハウゼンランドが――ひいてはアドルバードとリノルアース、それにかかわる人々がお気に入りだ。曰く、「美しいものは人類の宝」だとか。
「アドルバード王子、失礼いたします。シェリスネイアです」
美しい鈴のような声が聞こえ、ゆっくりと扉が開く。扉を開けたのは銀髪の騎士――レイだ。片手にはトレイにのったティーセットがある。
「揃ったわね。アドル。主役はあんたなんだからこっち来なさい」
リノルアースに睨みつけられ、アドルバードはしぶしぶと立ち上がり自分の定位置に座る。その後ろに当然のようにレイがやってきて、アドルバードの前に淹れたての紅茶を置いた。
「説明を」
リノルアースが小さく兄に命じる。どっちが主役なんだか、とアドルバードは苦笑した。
それにても物凄い面子だな、と頭の片隅で笑う。
ハウゼンランドの二つの花、アドルバードとリノルアース。
アヴィランテの大輪、シェリスネイア。
大国アルシザスの国王、カルヴァ。
ネイザス王国の王子、ウィルザード。
実はアヴィランテの王子だったルイ。
その姉のレイ。
カルヴァが上機嫌なのも偶然に美形が集まったからだろう。
まるで敵無しにも思える人々を前に、アドルバードは胸を張り、口を開く。
――俺は、あの椅子に座る父のようであるだろうか。
自ずと感じられる威厳。
王族たる自信。
人を動かす――動かさせる、力。
それがなければ、ここで潰されるだけだ。
「――アヴィランテの皇子、ヘルダム様がハウゼンランドにやって来る」
その一言に、驚いたのはシェリスネイアだけだ。
他の人間はもう知っている。だから驚くわけがなかった。
しかしシェリスネイアの動揺は、他の人間の誰よりも大きく部屋を揺さぶった。
「ヘルダムが……?」
義母兄だというのに、シェリスネイアは様もつけずにその名を呟く。その顔は心なしか青い。
しばらく沈黙がその部屋を支配し、シェリスネイアの嘲笑がその沈黙を気味悪く破った。
「最悪な男に目をつけられましたわね、王子。あの男は友好の為にこの国に来たりはしませんわ」
その顔は青いままだ。
無理をしてその強気を取り繕っているように――ウィルザードには見える。他の人間は気づいているだろか、と思った。気づいてほしい。シェリスネイアの弱さに。そう思うと同時に自分以外が気づかないでほしいとも思う。
「そんなことは重々承知です。アヴィラがハウゼンランドから得られるものなどない」
アドルバードがいつもの情けないような様子など微塵も感じさせずに、しっかりと答える。
シェリスネイアはまだ笑う。
壊れた人形のように。
「あの男は――私と、この国を潰しに来るんだわ」
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